二次創作小説
会いたいとか
「暫く、船を降りたい。」
夕食をいち早く済ませたナミが団欒の席を立ちかけた時、夕食時の皆の喧騒を割ってゾロが呟いた。
皆が手を止め、ゾロを見る。ルフィは口元こそ忙しなく咀嚼したままだったがゾロを見る表情は真剣だった。
キッチンに立つサンジは思いもしない言葉に眼を見開く。
「な…に、急に。どうしたのよ、ゾロ。」
ナミが上げた腰をまた降ろす。黙ったままのゾロに変わって、静かに食後の珈琲を飲んでいたロビンが言葉を繋げる。
「今朝の新聞に、鷹の目のミホークの情報が出ていたの。ここから少し行ったところにある冬島だけれど、この船の航路からは
外れているわね。」
皆がロビンを見て、そしてまたゾロを見る。ゾロは小さく頷いた。
「それなら航路を変えれば…。」
「いや、航路は変えねぇ。」
ナミの言葉をルフィが撥ね付ける。
「何でよ、ルフィ。少しくらい…。」
「駄目だ!」
「おい、じゃあゾロを一人で行かせる気か?」
頑ななルフィにウソップがたまらず口を挟む。カウンターの奥で、サンジが新しい煙草に火をつけた。
ルフィがゾロを見る。
「ゾロ、行くなら船を降りろ。」
「ルフィ!」
ナミが叫ぶ。
「いいな?」
「あぁ。」
サンジが煙草の端をきつく噛んだ。
「その代わり、必ず帰れ。俺たちは次の島でお前が帰るのを待ってる。」
チョッパーがルフィの隣で帽子の端をキュッと握った。
「必ず帰れ。」
「…あぁ。」
ゾロの返事が、静まり返った船内に低く響いた。
……、ジ
……ンジ
「サンジ!」
「…!」
慌てて身体を起こすと、目の前にピンクの帽子が飛び込んで来た。
「チョ、…ッパー?」
「どうした、サンジ!?魘されてたぞ。大丈夫か?」
心配そうなチョッパーと目が合うと、自分の身体がスーツの下でじっとりと嫌な汗に包まれているのに気づく。
「あ、あぁ。大丈夫だ。」
言いながら辺りを見回すと、テーブルの上に広げられたレシピ帳と無造作に広がったメモが吸数枚。そうだ、夕食の献立を考え
ていた最中だった。
「大丈夫ならいいけど…。」
言いながらチョッパーが握っているカップに入ったミルクを見て、自分に気を使って自分で用意したのだろうと思う。戸棚の下
からビスケットを数枚だしてお詫び代わりに渡してやると、小さな船医は嬉しそうにコロコロと笑った。
「なぁ、チョッパー。あいつ…ゾロは?」
嫌な夢だった。思うと同時に反射的に聞いていた。
「ゾロ?ゾロなら見張り台じゃないかな。さっきバーベル持って登ってくのを見たよ。」
「そっか…。」
ちゃんと、船にいた。
「あのさ、あいつ…船降りるとか、何とか言ってたっけ?」
「船を降りる?まだ島にはついてねぇぞ、サンジ。ゾロ、何処か行くのか?」
チョッパーが船室の扉を開けて不思議そうに首を傾げる。
「あ、いや。いいんだ。忘れてくれ。」
慌ててサンジが弁解すると、寝ぼけてるのか、て笑ってチョッパーはキッチンを出て行った。
「…ゾロ。」
サンジは1人になったキッチンを飛び出した。一気にデッキを飛び越え、見張り台に向かう。
「今の…コックの兄ちゃんか?」
「どうした、サンジ!?」
「サンジ君?」
驚くクルーには目もくれず、ただマストの天辺を目指した。
「1528、1529…1530…!」
バタバタバタバタ…!
窓の外を眺め、見張り代わりのトレーニングをこなすゾロに派手な足音が届く。
「…何だ?」
足音自体は聞きなれたサンジの革靴のものだと分かるのだが、普段静かで軽快なそれしか聞いたことがないゾロは、近づいてく
る足音に、バーベルを握ったまま耳を澄ませた。数秒後、派手な音を立ててハッチが開く。覗いた金髪は乱れ、かち合った蒼い
瞳は濡れずとも揺れていた。
「コック…?」
「いた…。」
驚くゾロがバーベルを降ろすと、揺れていた瞳が大きくぶれた。トン、と速さに比べ軽い身体がゾロにぶつかる。
「おい、どうした。何かあったのか。」
背に回った腕が小刻みに震えていた。いつもなら汗臭いだの風呂に入れだの言う黄色い頭が痛いほど胸元に押し付けられている。
答えないサンジに参って、ゾロが細身を抱え上げたままその場に胡座を掻いた。何も言わず、固まったままの背を撫で続ける。
いつも意地っ張りで決して懐かない猫のような身体が縋るように寄り添うので、長い沈黙にゾロは逆に不安になった。
「どうしたんだよ。」
様子を見計らって尋ねると、丸い頭が躊躇いがちに離れる。
「…俺には言えよ。」
「あ?」
訳が分からず相手の顔を覗きこむ。蒼い目が泣くまいと堪えて逆に痛々しくて仕様がない。
珍しいな、こいつにしては。
サンジが呟く。
「船を降りる時…一番は俺だぞ。」
勝手に居なくなるな、絶対だ。
消え入るような声に、ゾロは嫌な夢でも見たのかと言い当てるが、サンジは答えない。
「馬鹿か、お前。」
「馬鹿じゃねぇ!」
思いの外真剣なサンジの様子にゾロは溜息まじりに笑った。
「てめぇに一番に言ってやるよ。約束だ。」
「…。」
答えるかわりにサンジの腕がゾロの首に回る。ゾロは細身を抱きながら言った。
「何も言わずに降りる訳ねぇだろ。」
「…。」
「暫く抱けねぇだろうから、めちゃくちゃに抱いてから降りてやるよ。」
耳元でそう呟くと、小さな歯が無言で肩口に押し当てられたのを、ゾロは可愛いなどと思いながらゆっくりと目を瞑った。自分
だって思ったことがない訳ではない。
手放せないと自覚してから、いつか来るこいつの夢が叶う日に、蒼い海で船を降りるこの背中を。
「人のこと言うなら、お前も勝手にいなくなるんじゃねぇぞ。」
恐れている風をとられたくなくて強がったのが自分でよく分かる。
「俺がいなくなんのが怖ぇかよ。」
ゾロの胸に顔を押し付けたまま、サンジが言う。いつも通りの憎まれ口に安堵する。
「当たり前だろ。」
お前は俺のだ。
そんな独占欲、もうとっくに読まれていると分かっている。
「そっか。」
消えそうな呟きはが静かな部屋に嬉しそうに響くので、ゾロは金糸を撫でながらいつか来るその日を思った。
サンジが呼ぶ。
「ゾロ。」
「どうした。」
「…何でもねぇ。」
「何だよ。」
「何でもねぇよ。」
「…あぁ。」
ソロが呼ぶ。
「おい。」
「んだよ。」
「…。」
「何でもねぇんだろ。」
「まぁな。」
「あ、そ。」
「「なぁ…―――――」」
好きだ。
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