二次創作小説
あかん子
「平次-。居てる-?」
「…。」
「平次-!」
「…。」
「居らへんの-?」
「…。」
「和葉ちゃんから電話-!」
「………お-…。」
「…早よ来ぃへんと切ります。」
「わ-!!待て、待て。」
俺は読みかけの小説をベッドに放りなげて階段を駆け降りる。階段の下では受話器片手に不機嫌そうなオカンがこちらを睨んで
立っていた。
「あんた、聞こえとったんなら返事ぐらいしたらどないです?」
「工藤のオトンがくれた小説読んどったんじゃ。」
「和葉ちゃんからや-言うたら降りてきましたがな。」
「やかましい。」
「全く。和葉、和葉もええですけど、そない大事やったら休みの日ぃくらいどっか連れてったったらどうですの?」
「だ-!!わ-っとる!早よ受話器貸せや。」
そう言って、俺はオカンの手から受話器を取り上げ、外線ボタンに手を伸ばす。
と、俺の背中に台所へ戻ろうとしたオカンから声がかかる。
「待ち切れへんのやったら早よ出たらどないです?外線なんか繋いでへんから筒抜けですわ。」
「なッ!!」
俺は受話器とオカンを見比べる
あのオバハン、やりよったな…。
かなり気恥ずかしいままだったが、取りあえず全て筒抜けたまま待ちぼうけを喰らっている彼女の電話口に出た。
「な、なんや。和葉か…。」
自分でも至極わざとらしいなと思ったが、どうしようもない。
「あ…うん、ごめんな。小説読んどったんに。」
案の定、しどろもどろの返事が返ってくる。
…しっかり内容聞こえとるやんけ。
俺は動揺する内心を押し込めて平然を装った。
「別に構へん。そんで何や。」
「あ-…うん。あんな、今日おとうちゃんが仕事で帰ぇって来うへんから、一人じゃ心配やで平次ん家に泊めてもらえ-って言う
んやけど…行ってええ?」
申し訳なさそうな彼女の声を聞きながら、俺は電話でよかったと思った。にやけた顔がど-にも、こ-にも。
「なんや、そんなことかいな。そんなもんガキん時からアポなしでなんぼでもあるやんけ。」
あくまで素っ気なくそう言う。事実は確かにそうなのだ。
「せやけど…その…。」
「何や?」
俺は口ごもる彼女に聞き返す。
「やって、その…平次とつ、付き合うよ-になってから初めてやもん…。」
と、小さな声が帰ってきた。
だぁ-!!あほっ。そないなこと言うなやっ!!
そうなのだ。つい半月前、幼なじみから成り上がった恋人関係。今に至るまで時間のかかった割に、あっさりと俺達の意地っ張
りの壁は崩れ去った。と言っても、彼女は素直になれない俺への売り言葉に買い言葉だっただけで、俺が彼女を手放せないこと
を自覚してしまえば、いとも簡単にこの状況だ。だから尚更彼女の素直な言葉に反応する俺自信は、今までに考えられないほど
甘く、情けない。
くっそ。んな可愛いこと言いなやっ!!
と、心の中で一喝。しかし心とは逆にあくまで冷静を保つ。
「まぁ、ええやんけ。それにそないなことやったら俺に聞かんとうちのオバハンに聞いた方が…。」
「うん、それはもう許可もろた。」
「せやったら…。」
そこまで言うと、遠くからまた俺の背中に声がとぶ。
「あんたも喋りたいやろ思て取り繋ぎましたんや-。」
「あほ!聞き耳立てんなやっ。」
その声を受話器越しに聞いた彼女が俺の反論より先に答える。
「あたしは変わらんでええって言うたんやけど、おばちゃんがな…。」
と。
くそ、あのババア……って、お前も変わらんでええとか言うなや。
「ま、まぁともかく来ぃや。」
頭を渦巻く言葉を払拭し、なんとかそれだけ言うと、俺はさっさと話を終わらせ、電話を切った。
「おい、オバハン!!何言うてくれるんやっ。」
俺はすぐさま台所に顔を出し、こちらに背を向けて夕飯の支度をする母親に悪態をついた。
「何って、あんたが思てることを代弁しただけや。」
包丁を器用に使いながら返事が返ってくる。
「あほ、んなこと誰が思てる言うたんや。」
「聞かんでもわかります。早よ伸びた鼻の下しまいな。」
「なっ!!」
振り向いた母親の呆れ顔を一睨みし、俺はそそくさと自室へ戻る。
「あんた、和葉ちゃん来るからて変なこと考えてるんとちゃうやろね-?」
諦め悪く背中に飛ばされる声にむきになって言い返した。
「考えてへんわ!!」
何故だかわからないが、言ってもいないのにオカンには俺達の関係がばれてしまっている。初めは和葉が話したのかと思ったが、
あれ以来和葉がうちへ出向くのは初めてで、特に電話などでやり取りをしていた様子もない。
どうやら独断で俺達の仲を察知したらしい。
「怖いオバハンやな-…。」
俺はそう呟やきながらも、明日まで一晩一つ屋根の下で過ごす彼女を、自室でひたすら待った。
「こんにちは-。」
その甲高い声で俺はまどろみから覚醒する。一時間ほど眠っていたようだ。すぐに部屋を飛び出したかったが、あの目敏い母親
に指摘されては、恥ずかしがると警戒心を強める彼女が不用意に近づけさせてくれなくなる。そう思ってぐっと堪え、彼女が二
階へ上がってくるのを待った。
しばらく女二人の会話を聞いた後、トントンと階段をかけあがってくる音がして、自室の前で立ち止まった。
「平次?居てる?」
「お-。」
軽く返事を返すとドアが少し開き、隙間から可愛い顔が覗く。
「…入ってええ?」
遠慮がちに聞く彼女にため息を一つ。
「あほ。気ぃ使いすぎや。いっつも何も言わんと入ってくるやんけ。普通にせぇ。」
俺は続きに目を通していた小説を側の本棚にしまいながらそう言う。
「…せやったね…。」
そう言って彼女は中に入り、いつも座るベッドの下に腰を降ろし、俺はベッドの上に収まった。
俺は飛び上がりそうな心臓を隠し、いつも通りに振る舞う。長年幼なじみだったと言えども、急に自分の前で女らしくなってい
く彼女に、精神年齢の低い自分が上手くついていける筈もなく、既に今の状況をどう処理すべきかわからなかった。
会話がない…。
そう思っていた時、まず口を開いたのは彼女だった。
「ほんまによかった…?」
「へ?」
俺は唐突な質問に素っ頓狂な声を出す。
「せやから、急に泊まりにきて…。」
「あぁ、構へん、構へん。」
むしろ住め。
「あたし、おばちゃんの夕飯の準備手伝うてくるから、平次は小説の続きでも読んどってぇな。」
そう言って小さく笑い、立ち上がる彼女。
「は?ええやん、ここに居れや。」
って言うか、何で行くねん。
「ええよ。おばちゃんに任せ切りやと悪いし、それに続きやろ?小説。」
そう言ってドアに向かって踏み出した彼女の後ろ頭で揺れるポニーテールを見た瞬間、俺は彼女の腕を咄嗟に強く引いていた。
「ちょ、平次っ!!」
勢いでベッドに座る俺の腕の中に飛びこんだ彼女が声をあげる。
「…お前はほんまに気ぃ悪い女やなぁ。」
ぼそっと呟やかれた言葉に、彼女の抵抗が一瞬だけ止まる。
「は?」
「…………。」
「平次?」
まだ腕の中でもぞもぞと抵抗を繰り返す彼女を更に強く抱きしめ、閉じ込めた。
「簡単に傍から離れんなや。」
そう言って、無造作に抱かれたままの彼女をきちんと自分の体の間に座らせ、後ろから抱きしめる。
「へいじぃ…離して…。」
彼女が弱々しく呟く。
「あほ。んな声で言うても説得力ない。」
いつから、こんなに甘くなったんだろう。生意気だった幼なじみを、一瞬手放すことすら出来ないなんて。
彼女を抱きしめながら、そう考えていた。
彼女の首をこちらに向かせる。吐息の零れる彼女に近づいた瞬間だった。
「和葉ちゃ-ん。ちょっと来てぇな-。」
………あのババア…………。
「は、は-い。おばちゃん、今行くわ-。」
「あ、おい。」
慌てて叫んだ彼女は油断した俺の腕をするりと擦り抜け、部屋を飛び出していった。
「くっそ-……図りよったな…。」
残された俺はただ一人甘い情事を邪魔された悔しさを噛み締めるしかなかった。
しばらくして、彼女が戻ってこないところを見ると、大方夕食の手伝いをしているのだろうと、自分も階下へ降りることにした。
台所に顔を覗かせると、案の定自分の家の台所でてきぱきと家事をこなす彼女…とオカン。
俺に気付いた母親がそっと近付いてきて耳うちする。
「あんた、やっぱり和葉ちゃんに手ぇ出そとしましたやろ。」
「なんっ!!」
耳元で囁かれる声に、俺は思わず顔をあげる。
「隠したって無駄ですわ。あんな真っ赤な顔の和葉ちゃん見たらあほでもわかります。」
「…やかまし。」
「ほんまに…あかん子やわ-。」
「もうええっちゅ-ねんっ!」
ど-したん、平次、とかかる声をごまかして、テーブルの一角に腰かけた。
相変わらず女通しの会話は弾むもので、俺をそっちのけで絶え間なく笑いあっている。もちろん、俺への悪口も織り交ぜて。
「和葉ちゃんが居ってくれるとおばちゃん助かるわ-。このあほ息子はろくに使い物にならしまへん。」
人を機械みたいに言いなや。
そう思いつつも、黙って目の前で世話しなく働く女二人…重点は彼女の背中を眺めていた。
………なんか…こんなんもええなぁ…。
彼女の揺れるポニーテールを見てそう思う。
新婚みたいやな…。
…ん?でもこの絵やとオバハンも一緒か?
二世帯住宅はまずいやろ-。
まぁオトンは下手に喋らへんし、目ぇも開いとんのか閉じとんのかわからへんで傍におっても構へんけど、このオバハンはあか
んやろ。和葉捕られて寂しい思いする未来の俺が丸見えや。
「…やっぱ、あかんわ…。」
「何があかんの?」
我に帰ると、すぐ目の前に和葉の顔がある。俺は思わずのけ反った。
「うわっ!!」
「な、何!?」
驚く彼女にはっとして、なんとかごまかす。
「あ、いや。何でもあらへん…。」
それでも腑に落ちない顔をする彼女。そんな彼女をどうにか受け流そうとしたとき、やはりその一言は飛んでくる。
「和葉ちゃん、放っとき。どうせ和葉ちゃんと結婚したらこないなるんやろ-な-とかあほなこと考えてたに決まってます。」
と、じと目の母親。
「何でわかんのや!」
「あら、冗談やったんに。」
「…!!」
ほんまに頭の痛い子やわ-、と閉めの一言。真っ赤に固まる和葉を横目に、俺は
「もうええ!!」
そう叫んで和葉の腕を引き、階段をかけ上がる。
「へ、平次っ。」
どないしますのんや、と階下の母親に
「邪魔すんなよ!!」
とだけ叫び、彼女と供に部屋になだれ込む。
もうええ。なんとでも言え。
そう思い、自室へ彼女を引き込んだ息子に、
「ほんまにあかん子やわ-。」
と不敵な笑みを浮かべた母親の声が宙に浮かんだ。
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