二次創作小説

欲しいもの

深く考えたことなどなかったけれど 「何か欲しいもんあるか。」 言ってから、定番過ぎたかと後悔する。 「あ?」 案の定、予想外の言葉にサンジは恍けた顔で煙草片手にぽっかりと口を開けた。 「あ?じゃねぇよ。何か…。」 「ねぇよ、何も。」 帰って来た返事が自分の予想と余りに違ったので、その即答ぶりに頭の隅で咄嗟に「そんなはずはない」と思ってしまった。 「それより今日の夕飯、お前の好きな煮付けだぜ?筋トレでもしてたんと腹空かしとけ。」 まるで子供に言うそれのように、夕飯の食材になるであろう海王類の肉の塊を持ち上げながらそう言って、エプロン姿のサンジ はさっさとキッチンに戻ってしまう。 「あ、おい!」 一人カウンターの外でふいを突かれたゾロを残して、包丁を握ったサンジは既にコックさんの顔だ。ゾロになど見向きもしてい ないようだ。 「…っち。」 負け惜しみのような舌打ちを一つ残し、ゾロは仕方なくキッチンを後にした。 「…。」 ゾロの出て行った後のキッチンで、サンジは咥えていた煙草のフィルターをぎりっと噛んだ。 「…柄にもねぇことすんじゃねぇよ。」 こんなはずではなかったのに、と重たいバーベルを持ち上げながら、ゾロは言葉なき不満を漏らす。 こんなはずではなかった。 柄ではないと分かっていたが、サンジの願いを一つ聞いてやって、今日の役目を果たした後で、もしかしたら気をよくした恋人 が擦り寄ってきてくれるかもしれない得点を考えなかった訳ではないが、本当に、ただゾロとしては今日と言う日を祝ってやり たいとそれだけだった。 「どっか間違ったか?」 バーベルを振った回数を数えるのも忘れ、思わず口をついて出た自分の言葉に、ゾロは益々首を捻った。 3月2日、サンジの誕生日。 それは間違っていないはずだ。カレンダーなんてもんは見てねぇが、ナミやロビンが話していたから間違いねぇ。一人頭の中で、 自分の辿った順序をもう一度辿り直す。 『でっけぇ鍋欲しいな…いや待て、それよりもう一台オーブンか?クルーも増えたしな…やっぱ一度に全員分の焼き菓子が焼け た方が…。』 いつかの情事の後、かもめ便が落としていった通販雑誌を眺めながら、そんなことをピロートークさながら呟いていたのも聞い た。それも間違いではない。 「なら、何でだ。」 何故、何もいらないなどと言う。 自分とは違い、サンジは職業柄物欲は人波程度に持っている。特にキッチン用具や身の回りの家事道具に関しては、 ゾロがぼんやり理想の嫁だと見紛う程念入りで物の材質にも拘っている。麦わら海賊団が貧乏海賊ではなかったなら、 間違いなくこの船はIHのシステムキッチンと業務用オーブンの並ぶレストランさながらのキッチンを備えていただろう。 勿論、女部屋(特にナミの身の回り)も半端な豪華さではなかっただろうが。 何か、してやりたいと思ったはいいが…。 惚れこんでしまったのが例え男だと言っても、サンジはサンジだ。せっかくの口実を甘く利用できないなんて失態だけはゾロだ って免れたい。ゾロにとって、こうなって分かったことは、何だかんだ言って、サンジは甘えるのが好きだということ。 男所帯とは言え、歳の離れた大人達ばかりのバラティエで大切に守られてきたのだ。こうなるまで分からなかったことではある が、二人で居る時のサンジはまるで無意識のように擦り寄ってきて、気紛れに離れて行き、そしてまたゾロの元へ戻って来る。 枕を並べれば腕を回せとせがむように肩の間に身を寄せるし、口では悪態をつくものの、傍に居て欲しい時はほんの少し唇の端 を噛んで寂しさに堪えていたりする。それが可愛いと思い始めた今なら、無関心派のゾロであってもサンジの喜ぶことの一つも してやりたいと思うもの。 「…さっぱり分からん。」 バーベルの上下も5000を越えた頃からいい具合に汗も掻き始め、気付けば見張り台の窓から見える空は橙色に染まりかけている。 「煮付けだとか言ってたな…。」 自分の誕生日に煮付けってどうなんだ。ゾロの好みはともかく、ルフィの「宴だー!!」の船長命令に煮付けじゃ対応できない だろう、なんて無駄な心配をしているうちに、 「宴だー!!」 堰を切ったようなルフィの号令がかかり、甲板に飛び出すクルー達の足音がゾロのもとまで届きだす。 「ま…後で考えるか。」 ゾロは宴の席で早くクルーを潰す手を考えながら、下から降りてこいとせがむルフィの声に急かされて、見張り台を後にした。 「誕生日おめでとう!!サンジ!!」 ルフィの声で皆が勢いよく手の中のグラスを宙に掲げる。祝われている本人は主役だと言うのに給仕の為にキッチンとダイニン グを忙しなく行き来しており、とてもゆっくり誕生日を味わえる状況ではないように見えるが、当の本人は照れ臭そうだがとて も嬉しそうに笑っているので、ゾロの中ではそれもまぁ良しとした。 「これ、俺達からな!」 今か今かと疼いているのが視界の端に見えていたので、案の定先頭を切って飛び出したのはウソップとチョッパーだった。 小さな小瓶に、合作なのだろうキッチン用の消臭剤とそれとは別に特別にブレンドされた香辛料の袋がサンジの腕に押し付けら れる。ついでにそれらの収まっている細工箱はどう見てもフランキーのお手製なので、カウンターに寄りかかってコーラを掲げ る粋な船大工にも、プレゼントを慌てて受け取るサンジも嬉しそうに笑い返した。 「おう!ありがとうな。大事に使う。」 そう言うサンジに横から無言で肉の塊を差し出すのはルフィの腕だ。自分の頬も料理で一杯の為、言葉は皆無だが奴にとっては 苦渋の決断だろう。 「さんきゅ、な。ルフィ。」 そう言うサンジを眺めながら、お前の作った料理だろうが、とはさすがのゾロも無粋過ぎて言えない。 それに続いてナミとロビンからは小さな小瓶のオーデコロンのような液体が渡される。ロビンの花畑で採れた花から抽出したも のらしい。何となくウソップの協力が垣間見えるが、大喜びするサンジの様子は表現するに堪えないので敢えて語らない。 「ゾロからはねぇのか?」 お祝いムードをぶった切ったのはチョッパーの無垢な一言だった。一斉に向けられた視線の居た堪れなさに、ゾロは思わず目を 泳がせる。 「俺は…。」 「ほらよ。」 会話を遮って目の前に飛び出したのは、サンジの腕…とそれが支えている小さな皿。テーブルに置かれた中身を見て、 「…煮付けか。」 と思わず呟く。そう言えば、まだ出てきていなかった。 「誕生日に煮付けなんて、サンジ君ったら。」 ナミが呆れたように笑う。今思い出したが、そう言えば数日前に煮付けが食べたいとぼそりと言ったような気がする、とゾロは 今更ながらに思っていた。 「この魚は煮付けが一番美味いんですよ。」 ナミに微笑むサンジの傍で、ルフィがいつもの声を上げる。 「いいなー!!ずりぃぞ、ゾロ!!」 「おめぇらの分もちゃんとある。勿論レディ達の分も用意してありますけど…。」 「私達はいいわ。もうお腹いっぱいだし、サンジ君のデザートの方が食べたい。」 「だと思いました。どうせルフィだけだろうし、鍋ごと持ってきて食っていいぞ。」 「よっしゃー!!」 キッチンに走って行くルフィに困ったように笑いながら、箸を握らされ、無意識に目の前の魚をつついていた自分にサンジの視 線が向けられる。 「美味ぇだろ。」 コックの顔だ。 「…あぁ。」 それは本当だったので、素直にそう言うと、コックの顔はガキ臭い顔で淡く緩む。サンジが気を許した時の、ゾロの好きな顔だ。 そう思いながらも、それでもゾロは煮付けの皿を眺めながら、何処か腑に落ちなかった。 今日は、てめぇの誕生日だろうが。 バースデーケーキを派手に平らげたクルーを女性陣以外皆ゾロ特製のちゃんぽんで潰し、肌に悪いといいながら恐らく多少は気 を利かせたのであろう女性陣が女部屋へ戻って行くのを見届けて、ゾロはサンジのいるキッチンを覗いた。 「皆は?」 「寝た。」 ゾロがちゃんぽんでお子様クルーを潰しにかかっているのを知っているはずだが、サンジは何も言わない。ただ黙々と山のよう な皿を片している。 「誕生日くらい後にしろ。」 「ふざけんな。キッチン汚いままにしておけるか。」 言うとは思っていたが、いざそう言うのを聞くと相変らず強情だと思う。仕方ないので、ゾロはサンジが皿洗いを全て終えるま で部屋の隅で酒瓶片手に大人しく待っていた。 「終わったか?」 きゅっと蛇口の締まる音がし、サンジがエプロンで濡れた手を拭う。それが相図化のように、ゾロはさっさとカウンターを周り、 キッチンに居るサンジの腰を抱き抱えた。 「まぁな。」 口数が少ないのは照れているだけだろう。こんな日に機嫌が悪いなんてこともない。 ゾロは手早くサンジの首からエプロンを抜き取り、「キッチンではしない」と言うサンジの一言を守って見張り台まで細腰を肩 に担いで運んだ。 「お前、大剣豪になるんだろ。」 見張り台の床に押し倒すと、脈絡もなくサンジがそう言った。「本当に欲しいもんはねぇのか」とゾロが聞きかけた時にふいを 突かれた。 「もちろんだ。」 咄嗟にそう答えると、サンジはやっぱりと言った顔をする。 「なら、人の誕生日なんて祝ってる場合じゃねぇだろ。」 「あ?どう言う意味だ。」 眉を潜めるゾロの口の端に、サンジは小さなキスを落とす。益々きょとんとしたゾロの表情に笑いながら、ほんの一瞬泣きそう な顔でこう言った。 「高みだけ見てろよ。」 死ぬかもしれないだろう。いなくなるかもしれないだろう。 いつか、自分は一人になるかもしれないだろう。 「中途半端なこと、すんなよ。」 温もりだけ残して、消えたりするな。暗にそう言うサンジの意志を、言葉にせずとも送られたキスの名残りから、ゾロには容易 に汲みとれた。 柄じゃねぇのはどっちだ。 言いかけて止めた言葉の代わりに、こうなった時かた漠然とサンジの中にあった不安をゾロは思った。 「尚更じゃねぇか。」 「は?」 今度はサンジがきょとんと眼を丸めてゾロを見る。 「てめぇだけ残して死ねねぇと思えば、生きようともするだろ。」 知ってしまった温もりを失うのが怖いのは、ゾロも同じだ。それこそ柄ではないが、いつも腕の中にある体温や、触れるだけの 子供のようなキスがぱたりと途絶える日が、いつか、本当にふいに来るかもしれない。 それは、突然の事故だったり、ましてサンジが危惧するように、自分が鷹の目と対峙した時に頭の端で思うことかも知れない。 まぁ、負けねぇがな、と相変らずの自信が頭を擡げない訳でもないが。 「てめぇが死ぬまで祝ってやるよ。」 寂しいと言うなら言葉にせずとも傍に居てやりたいし、死ぬなと言うなら絶対先には死なないと誓う。 「そんくらいの覚悟がねぇとな。」 寂しいとか、死ぬなとか、思う癖に口には出来ない男に惚れてしまったのは自分なのだから。 にやりといつものシタリ顔でゾロが笑うと、不安気だった蒼い目がすっと溶けるように色を増す。 こいつが本当に欲しかったのは、業務用オーブンでもでかい鍋でもなく、本当はこの一言だったのかもしれないとゾロは思った。 「なぁ、ゾロ。」 サンジが圧し掛かっているゾロの首に手を回す。ぎゅっと身を寄せるように力を籠めるので、ゾロもそれに素直に従い、寝転が った腕の中に細い身体を抱き寄せた。 「何だ。」 ゾロの返事に、暫し遅れて躊躇うような言葉が返って来る。 「一個あった。欲しいもん。」 時計を見る。まだ3月2日の午前11時56分。ギリギリだ。でも、まだこいつの誕生日だ。 「おう、何だ。言え。」 擦り寄って来る頭を撫でながら、サンジの次の言葉を待った。 「好きだって言え。」 そんなことで良いのかと思いながら、 「好きだ。」 「絶対か?」 「あぁ。」 「嘘じゃねぇな?」 「嘘じゃねぇ。」 「…そか。」 安堵したような呟きは、ゾロの胸板で弾けて消えて行く。 「ゾロ。」 まどろんだ声がゾロの耳には心地いい。元々甘え好きだったこいつを、甘え上手にしたのは自分かもしれない。 「ゾロ…。」 だいすき。 俺もだ、と答えると、子供のように笑うので、ゾロは強がりな恋人に知られぬよう、声を押し殺して笑った。 「誕生日、おめでとうな。」 だいすきだ、と慣れない返事を言葉尻に添えて。 Happy Birthday Sanji!! ~2010.03.02~


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