二次創作小説

二日酔い

「いったぁ-…。」 枕からふいにあげた頭に走る激痛。咄嗟に左手でこめかみを押さえ、目をつむる。 どうやら朝のようだ。日差しがカーテンの隙間から射しこんでいる。 痛みで冴えた頭が昨日の記憶を反芻する。 あぁ、確か会社のみんなと飲みに行ったんやっけ…。 ただし、あたしの頭が覚えているのは会社を出たところからお酒に手を伸ばしたところまで。そのあとは…。 あたし、どやって帰ってきたんやろ。 ゆっくりと顔をあげ、辺りを見回す。確かに自分の部屋の窓があり、壁掛けがあり、クローゼットがある。自分の部屋だ。 そう再確認したところで、ふと視界に入った見覚えのない影に、バッと自分の座っているベットの隣を見る。 「へっ、平次っ!!」 思わず叫んだあたしの声に、隣ですやすやと寝息を立てていた彼が、一瞬眉をしかめてから、ゆっくりと瞼を開けた。視線がぱ ちりと合う。 「なんや、和葉。起きとったんかいな。」 呑気に欠伸を一つ吐き出すと、彼はまたうとうとと瞬きを数回して目をつむる。 しかし、あたしの声がそれを遮る。 「お、起きとったんかいなと違うわ、アホ!!なんであんたがあたしの部屋におんねん。」 「アホて、お前な-…。」 あたしの声にパチリと目を見開いた彼がため息をこぼす。 混乱したままのあたしの頭は、何もかも把握しているような彼の態度にお構いなしで、寝起きの彼を質問攻めにする。 「あたし、確か昨日飲みにいったんよね?会社の子達とやろ?やのになんで平次?…っていうか、もしかしてあんた一晩ここで寝 とったん!?」 一通りまくし立て、ふと上半身裸の彼を見て、ハッとして自分の胸元に視線を落とす。 「アホ、脱がせてへんわ。」 隣でベットに肩肘をつき、けだるそうな彼がむくれたように言う。あたしは咄嗟に頭を掠めた良からぬ考えを払拭し、一つ安堵 のため息をつく。 「なに安心してんねん。」 さも心外。というふうに彼がこちらを睨む。 「やって…。」 「やってとちゃう。誰が酔って寝とる女の寝込み襲うんじゃ、ボケ。」 そやけど…。と小さく呟き、 「と、とにかくここから降りて!早よっ!」 と、なんや、なんやと慌てる彼をベットから追い出す。今更になって頬がほてり出す。 いきなり肌触りのいいシーツの上から冷たいフローリングの上に放りだされ、更に不機嫌な表情を浮かべる彼に、そんで?と話の 続きを促す。 「そんで、なんで平次がここにおるん?」 「お前な-、昨日のこと何も覚えてへんのか?」 「うん…。」 フローリングに胡座をかき、今日何度目かのため息を聞く。 「お前昨日べろんべろんに酔っ払って、居酒屋の隅に突っ伏して寝とったんやぞ?」 「え…。」 全く記憶にない。それもそうだ。寝ていたらしいのだから。 「酔って他のやつに訳分からん絡み方して、怒ったかと思えば泣きわめくわ、へらへら他の男の側でたるんだ目ぇして座りこん どったんや。」 「うわ…。」 血の気が引いていくような感覚が背筋を走る。知らされた昨日の失態。 「それを見兼ねたお前の同僚がお前の携帯から俺のとこに電話かけてきてん。『和葉酔っ払って動けへんから迎えにきたって-。』 ってな。」 一つ欠伸を零してから彼が続ける。 「ほんで、心優し-俺が事件で現場やったっちゅ-のにバイク飛ばしてわざわざ迎えに行ったったんや。」 「うそ-…。」 「うそちゃうわ。お前はほんま気ぃ悪い女やの-。」 そういって、唖然とするあたしを横目に寝癖だらけの頭をポリポリとかく。 「ご、ごめん…。迎えにきてくれたんに…。」 膝の上で手を合わせ、シュンとなるあたしに彼は更に不機嫌な顔で呟く。 「ちゃう。」 「え?」 「そんなことで怒っとんのとちゃう。」 「ほな…。」 何?と聞く前に、突然立ち上がった彼がぐっとあたしの肩を押し、あたしに覆いかぶさるようにしてベットに膝をかけた。 あたしは自然と押し倒された形になる。 「へ、平次、どいて。」 「どかへん。」 「平次!」 慌てるあたしを上から見下ろす彼。あたしは至近距離にある彼の整った顔に恥ずかしくなり、ふと視線を逸らす。 「おい、逸らすな。」 「やって…。」 「お前、なんで俺が怒ってんのかわかってへんやろ。」 「…。」 「答えへんと押し倒すで。」 「もう押し倒してるやん。」 彼がまたあたしを睨む。あたしはちらりと彼を一瞥し、また視線を逸らす。 「俺がさっきお前に言うた言葉思い出してみ。」 彼の言葉に、あたしは小さく息を吐いて、目をつむる。そんなこと、言われなくてもわかってる。 今の状況を見れば、彼の考えてることなんて。 「…他の男の人…?」 ぽつりと呟くと彼は更にむっとする。その表情はさっきから緩むことがない。 「わかってんねんやったら最初からそ-言えや。気ぃ悪い。」 彼は拗ねたようにあたしと別の方向へ同じように目を逸らす。 わかってる。彼の考えてることは。 高校生までの幼なじみの時間を越えた、今だからわかること。 あの頃は、彼があたしのことでいらつくという感情が、彼のヤキモチだと言う感情に結び付くことなどなかった。 大学を出て、互いの忙しさから生まれた距離が、初めて彼を覚醒させた。 そして、一層あたしの長期戦の片思いを募らせた。 彼が好き。きっと、たぶん彼だってあたしを好き。 そう自惚れられるのも、彼がこうやって素直に感情を表してくれるようになったから。 だから、彼に申し訳ないと思いつつも、やっぱりそうだと気付く瞬間はちょっと嬉しい。 「…ヤキモチやろ。」 彼を怒らすことを承知で呟くと、やはりその通り。 「なっ…!!お前なぁ-…。」 あたしの顔の横で突っ張っていた彼の手が、真っ赤な彼の顔を覆う。 「………お前……言うよ-になったやんけ。」 悔しそうに呟く彼に、小さく泣き笑いを零す。 幸せだと思った。酔うくらいに。 「今度から気をつけるで勘忍な?」 あたしを見下ろす彼に、少しだけ上目使い。 こんな小回りの効いたしぐさができるようになったのも、日に日に増す彼への思いと、身体と共に少しだけ大人になったあたし の意地っぱりが比例しているから。 彼はあたしの上で小さく唸ってから、 「……今回だけや。」 と呟く。 いつからだろう。こんなに彼が愛しいのは。あぁ…これは、もう何年も前からずっとそう。 「けど。」 悔しげな顔から、にやりと不敵な笑みに変わる彼の一瞬が、勝ったとはがりに油断していたあたしの目の前を横切る。 さらに力のこめられた彼の腕。ぎゅっと音を立てて抑え直されるあたしの腕。 「へ、平次-…!?」 うろたえるあたしに、彼は掠めるようなキスを一つ。その途端ほんのり紅をさすあたしを見て、彼は嬉しそうにこう言った。 「灸はすえとかんとな。」 言うが早いか、あたしの首元に小さな花が咲き始めた。あたしは結局、彼に溺れる。  


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