二次創作小説
君にこれを
「も-!!だから傘持ってきてって言ったのに。」
「悪かったって言ってんだろ-?ほんとに降るとは思わなかったんだよ。」
「新一の勘より天気予報の方が正確に決まってるでしょ-。」
普段めったに怒らない彼女が、今日はちょっと不機嫌。それもそうだ。原因は俺にある。
午後から急に降り出した雨の中、俺達は無謀にも横降りの雨を鞄で防ぎながら走っていた。校門を飛び出してまだ2、3分だが、
既に制服も革靴もぐっしょりだった。
「なんのために新一に頼んだのかわかんないっ。」
彼女は俺の少し後ろを走る。さっきから小言を言いっぱなしだ。
「だ-っ!!わかったって。とにかく走れよっ。」
俺はもう何度も後ろで息の上がっている彼女に少し歩調を合わせ、頬を膨らませる彼女を宥める、の繰り返しだ。
ことの発端は今日の朝。彼女からのメールに始まる。
『今日、空手部の朝練あるから先行くね。
それと、家出る時に傘忘れちゃったの。
今日雨降るみたいだから、代わりに持って来て?ごめんね。』
俺は少し焦がしてしまったトーストに顔をしかめ、彼女のメールに更に眉をひそめた。
「傘?」
窓から外を覗く。空は真っ青で、雨どころか雲ひとつない。
「晴れてんじゃね-か。」
雨なんて到底降りそうにない。それでも、彼女に言われた通り傘を持って家を出なければと、その時は珈琲を口に運びながら思っ
ていた。ただ、家を出るときまではその考えが持続しなかった。空がすがすがしいほど晴れていたせいか、はたまた自分の注意力
のせいかは定かではない。
とにかく、傘を忘れた自分に彼女が怒っているのは確かだ。
結局、雨避けの鞄は何の役にも立たず、二人して重くなった体を引きずりながら工藤邸に飛び込んだ。
「あっちゃ-。びしょ濡れだな。」
俺達は玄関先に濡れた鞄を下ろした。
「誰のせいだと思ってるのよ。」
彼女は濡れて重くなったスカートは小さくパタパタと動かして言う。
「んだよ。オメーだって忘れたんだろ-が。」
「そうだけどっ。」
あたしはちゃんと新一に頼んだもん、と鞄から取り出したハンカチで頬を伝う雨を拭い、
「ほら、こっち向いて。」
と俺の顔を流れる冷たい雫を拭き取ってくれる。何だかんだ言って、こういうことはちゃんとしてくれるのだ。彼女は。
「拭いても無駄だって。こんなに濡れちまったら風邪ひくぜ?着替え貸すからシャワー浴びてこいよ。」
俺は濡れた上着を無造作にその場に投げ捨て、ネクタイを緩める。
「あたしは後でいいよ。新一こそ風邪ひいちゃう。」
そう言ってやんわり断る彼女にため息をひとつ。
「バーロ。オメーがひくよりマシだっつ-の。俺はいいから先使えって。着替えは脱衣所においといてやるから。」
そう言って、彼女の進行方向をくるりと変えてやり、背中をぽんと押す。
「…それじゃあ…先、ごめんね。」
そう言って、小走りに奥へ消えていく彼女を確認してから、
「やばかった-…。」
と一言。
そう、やばかったのだ。何って、濡れた彼女の制服が、だ。ぴったりと彼女の体のラインに沿ってしまったそれが、だ。
彼女が上着を脱がなかったのが幸い…いや、残念なのか ?
俺はそんな雑念を振り払いながら、部屋の空調を調節し、二人分の荷物をリビングへ運びこむ。
「そうだ、蘭の着替え。」
そう思うが、何を着せれば?
…そういや、母さんの服がまだクローゼットに…
と、そこでふと思い留まる。
「いや、やっぱ…。」
そう呟いて、頭を過ぎった絵ににやけた顔のまま、自室へと向かった。
蘭の着替えを脱衣所に起き、自分も楽な恰好に着替えて、スイッチを入れておいたメーカーの珈琲ができるのを待った。
しばらくすると、奥から風呂をあがった蘭の足音が聞こえてくる。
「あの、新一…?」
俺はリビングに顔を覗かせた蘭を振り返る。
「これ、大きいんだけど…。」
振り返った先には、袖から手が少ししか見えず、膝上まで丈のあるぶかぶかのトレーナーをきた蘭が顔を真っ赤にして立っていた。想像通り。
その姿に、心の中でガッツポーズ。
「あぁ、俺のだからな。」
なんとかにやける顔を封印し、あくまでいつものポーカーフェィスを守った。
「変じゃない-…?」
そう呟く彼女に手招きし、ソファに座らせた。
「んなことねぇよ。」
めちゃめちゃ可愛いっつ-の。
確信犯だと気付かれないよう、冷静に、冷静に。
「珈琲いれたから飲めよ。その間にシャワーいってくる。」
隣に落ち着いた可愛い彼女から離れるのは名残惜しいが、このままでは本当に風邪をひきそうなので、キッチンで準備した珈琲を
彼女に渡し、自分もシャワーを浴びた。体を温めると言うより、すっかり彼女にのぼせてしまった頭を冷やすために。
早めにあがってリビングに戻ると、彼女が頃合いを計ったかのように珈琲カップをもってキッチンから戻ってくるところだった。
飲むでしょ?、と手の中のそれを顔の辺りまで上げて微笑む。
「あぁ、サンキュ。」
そう言って、並んでソファに座る。落ち着いてみると、外は未だに本降りのようだ。窓に打ち付けられた雨が、ガラスを伝って
とめどなく流れていく。
「すげ-な。」
「だね。」
「2、3日は降りそうだな。」
「かもね。」
珈琲片手に二人してぼ-っとしていた時だった。そばにかけておいた制服も乾き、彼女がそろそろ帰るといいだしそうな時、
さっと鋭い閃光が窓の外を走る。
彼女が目を見開いたのが横目にも確認できた瞬間。
ガラガラガラガラッ!!
「きゃあああ。」
鳴るが早いか、彼女が叫ぶが早いか、気付くと彼女は俺の腕にしがみついて小さくなっていた。
「大丈夫だって、ただの雷だぜ?」
彼女は顔をしかめ、
「雷嫌いなんだもん。」
と呟く。
そういや、こいつはガキん時からそうだったな…。
俺は隣でまた鳴ったらどうしよう、と呟く彼女を見ながら半分冗談で言ってみた。
「じゃあ、泊まってくか?」
「ううん。帰る。」
「…即答かよ。」
半分は本気だったんだけど。
当たり前じゃない、と彼女は怒ったように言うが、その顔は赤かった。
「でも、困ったな。今日の夜から一週間、お父さん仕事の依頼で出掛けちゃうの。夜まで雷続くかな-?」
その彼女の言葉に俺はまた咄嗟に、
「じゃぁ…
「泊まらないわよ。」
彼女の言葉に遮られ、内心がっくりと肩を落とす。
「けどよ-。この雨今日中には止まなさそうだから明日も明後日も雷かもしんね-ぜ?」
少し意地悪をしてやった瞬間、また外が一瞬明るくなる。
「きゃっ。」
ガラガラッ…。
今度は彼女な悲鳴が先だった。
「ほらな?」
そう言っても、彼女はむくれた顔で泊まらないからね、と言う。
「じゃあ、俺が泊まりにいこうか?」
「馬鹿。」
彼女はそればっかり、と怒る。
まあ、泊まられたら泊まられたで焦るのは自分なのだが。
飲み終わった珈琲カップをテーブルにおくと、ふとあることを思い出した。
「そうだ…。」
「何?」
俺の呟きに、彼女が覗きこんでくる。
俺は席を立ち、
「蘭、ちょっと待ってろ。」
そう言うと、彼女をリビングに残して自室に向かった。
「確かこの引き出しに…。」
俺は適当に机の引き出しの中を探る。目当てのものに触れると、奥から取り出した。
いつか、彼女に渡そうと思って用意しておいたもの。本当は、彼女がこの家に気軽に泊まってくれるような関係になってから渡そ
うと思っていたが、それはあくまで計画だ。俺はそれを握りしめて彼女の元へと戻る。
「新一?どうかした?」
戻ってきた俺に彼女が首をかしげる。
「蘭、これやるよ。」
まだ数メートルの距離にいる彼女に、ぽんと手の中のものを投げる。彼女は慌てて両手でそれをキャッチした。
彼女が手の中を覗きこんで目を見開く。
「…新一、これ。」
彼女の小さな手の中には、それ以上に小さな鍵。そう、工藤邸の。
「なんかあったら、いつでも来ていいから。」
そう言い切ると、今更になって何だか恥ずかしさが込み上げてくる。手の中のそれを見つめたまま固まる彼女は、瞬間遠くの方で
小さく鳴った雷にも気付いていない。
「蘭…?何の鍵?、とかやめろよ?」
不安になってそう聞くと、彼女はふっと顔をあげ、嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう、新一。」
その顔を見て、ほっとひと息。
「あぁ。」
それだけ言って、俺はまだ嬉しそうにそれを握りしめている彼女の隣に座り、そっとその小さな肩を抱いた。
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