二次創作小説

これも愛情

ドラムロックを過ぎて半月が経った。 ピンクの帽子の船医も最初こそルフィの肉発言や俺の非常食発言の冗談にびくびくお客様扱いだったが、子供の慣れは早いもので、 もうすっかり麦わら海賊団に馴染んでいる。 「おい、チョッパー!釣りするぞ、釣り!!」 「おー!」 水面も静かで敵もなく、天気もいい。 今日のような日が二、三日続くとナミさんの当たる天気予報が公開宣言されたので、クルー達は陸こそないものの船の上で穏やか な日々を過ごしていた。 使い古した釣り竿を抱えたるルフィとチョッパーが、船先で餌の準備をするウソップのもとへと走って行く。 それをぼんやり眺めながら、日焼けするから、と船内に引っ込んでしまったレディ達を惜しく思いながら、俺は船の縁に凭れて 夕飯に使うさやえんどうの筋を取っていた。 寝ぐされマリモは案の定船尾で寝ぐされている。 「釣れねぇーなー…。」 「だなー…。」 普段忙しい自分がこんな風にクルーを眺められる余裕があるのは珍しい。 要するに、自分の普段の忙しさは緻密に立てた自分の計画が敵襲やら船長やらに引っかき回された結果なのだとつくづく思い知ら される。 「おい、釣れたか?ウソップ。」 「いんやあー…。」 さやえんどうにつきっきりの手を止めて、短くなった煙草を揉み消し、またすぐに新しい煙草に手を伸ばす。 束の間の休憩に何気なく船尾へ目をやると、その主の姿こそ見えないものの、振り下ろされては持ちあげられる鉄の塊が船の影に ちらちらと見え隠れしている。この良き天候に暑苦しい奴。 いいながらも頭の中でこの作業が終わったら持っていってやるドリンクを考えている自分を俺は認めない。 「サンジはいつもこうやって下準備するのか?」 「うわっ!!」 気づくと目の前にさやえんどうの籠を覗きこんでいるピンクの帽子が飛び込んできた。俺の声に驚いてチョッパーが大きく後ろへ 後ずさる。 「あー…悪い。何だ、チョッパー?」 言うと、チョッパーはずれたピンクの帽子を被り直しながら、同じ質問を繰り返す。 「ん?いや。今日は天気がいいからな。」 「ふ〜ん…。」 ついさっきまで釣りに投じていたというのに、何時の間にこちらに来ていたのか、二人になったであろう船先にちらりと目配せ すると、釣りに厭きて寝入る二人が船の縁に洗濯物のようにひっかかっている。 「ったく、危ない寝方してんな。」 いいながら手元の作業を没頭すると、その何の面白みもない単純作業を小さな船医がじっと見ている。 何だ、こいつさやえんどう好きだったのか? 思いながら船医とさやえんどうとに交互に視線を配っていると、小さな船医の視線の先には、さやえんどうではなくその籠を乗せ、 胡坐を掻いた自分の足がある。 何だ、そう言うことか。 「特等席貸してやろうか。」 「え?」 「うわっ。」 驚いたように顔を上げたチョッパーを抱え、さやえんどうの籠と交代させる。 ひっくり返ったような声を上げた癖に、いざそこに落ち着くと照れたように笑みを零す。 俺はさやえんどうと自分でチョッパーを挟み、 「その代わり、筋取るの手伝ってくれよ。」 言うと、元気のいい 「…うん!」 が返って来た。 まだ甘えたい盛りなのだろう。いくらルフィやウソップと同い年だからと言っても、やはりチョッパーだけはその外見も然ること ながら、幾分幼く見えてしまう。ついついお子様三人の中でもチョッパーを甘やかしてしまう時が多く、拗ねたルフィやウソップ の顰蹙を買うことも度々である。もちろん依怙贔屓はしない。 だが、寝る前のホットミルクや早起きした時のココアを内緒でいれてやったことはある。 サンジの膝に落ち着いたチョッパーは、暫くドラムの話や薬の話、日々の取りとめのない話を頷くサンジの上でぽつぽつと話した。 お子様トリオの中で一番自分の手伝いを進んでしてくれるチョッパーなので、船に乗ってそう日が立たないうちからいろいろな話 を聞いていたが、自分に話すのが楽しいのか、チョッパーは蹄の先で器用にさやえんどうをより分けながら、話の湧きでる泉のよ うにころころと喋り続けた。 「あら、いいわね。」 船内の扉が開いて、大きく伸びをしたナミさんが一言そう言った。 「サンジが膝貸してくれたんだ!」 「ナミさんも宜しければ…」 「いらないわ。」 容赦ない即答にがっくりと首を落とすと、ナミさんはデッキで降りて来ながら 「サンジ君がいいわね、って言ったのよ。暖かいでしょ?チョッパー。」 言われてあぁ、と思う。 「そう言えば。」 言うとこちらをふり返ったチョッパーがそうなのか?と首を傾げる。 「そうよ。今度冬島が来たらお願いね、チョッパー。」 悪戯っ子の様に笑うナミさんにチョッパーはおう、と返事をして、俺の 「自分でよければ是非ナミさんの麗しいお膝に…」 は聞いてもらえなかった。 そのまま船縁で寝入るルフィ達を揶揄いに行ったナミさんを見送って、ひとしきり話した後、最後のさやえんどうをチョッパーに 任せて俺はキッチンに戻った。チョッパーを下ろした後の膝は少し寒くてなるほど、と思う。エプロンを身につけ、少し遅れて キッチンに入って来たチョッパーにお礼のココアを出してやりながらカウンターに向かう頃には、大きな太陽が熟れて水平線に浮 かんでいた。 ゾロとそう言う仲になってから、俺が甘かったのか、すっかりゾロの晩酌を用意してやる自分が奴の中で当たり前になっているよ うだった。 「何してんだ、お前。」 念のため聞いてやる。もしかしたら、違うと言うことも万に一つの可能性であるかもしれない。 「何って、酒だろ。」 「酒だろ、じゃねぇよ。」 やはり定着してしまっていた。タイミングよく済んでしまった夕飯の片付けを恨めしく思いながら、仕方なくエプロンを外して ダイニングに腰かけるゾロに対座する。 「あのな、いつでも黙って待ってれば酒が勝手に出て来ると思うなよ。」 言いながら、冷蔵庫の中で下準備の済んだ酒のつまみと棚の上の酒瓶の残りを頭に思い浮かべ、そのさらに隅で俺の愛情を当たり 前に思うなと拗ねる考えがあることは認めない。 俺の言葉に、すんなり出て来ない酒を惜しく思ったのか、ゾロは暫し思案するような顔をして、数分も待たずにぽつりと言った。 「夕飯、美味かったぞ。」 「なっ…!!」 …この野郎! 「い、いいか。夕飯褒めたぐらいで明日からもお前の酒を用意しろ、ってのか?え?」 「さやえんどうの奴美味かった。煮物。」 「がっ…。」 しまった。変な声が出た。意地になっているのがバレているのかゾロはこちらを見返しながらにやりと笑った。 「…くっそ。」 負け惜しみに呟きながら、結局渋々冷蔵庫に向かう。どうせ奴に「じゃあ、いい。」と言われてもどうせ拗ねる自分も想像出来る ので、今日のところは素直に出してやることにした。 「しゃあねぇな。味わって食えよ。」 カウンターに戻りながら、そう言えば夕飯の煮物の残りが少しあったな、なんてことも思う。 「ほらよ。」 温め直したつまみと夕飯の煮物を少し、それに熱燗をつけてゾロの前に出してやる。が、いつもならすぐに伸びて来る手が今日は テーブルの上で組まれたまま動かない。 「どうした。いらねぇのか?」 気にいらないものを出したつもりはなかったが、いつもと違う態度にらしくない一抹の不安を抱く。 「昼間…。」 「あ?」 引き結んだ口が重々しく開く。 「昼間、チョッパー乗せてたな。」 唐突な言葉に暫し考えた。 「ん?あぁ。なんか乗りたそうだったからよ。」 まだ甘えたいんだろ。そう言って、それがどうした、と目で問うと、それを汲み取ってゆっくりと眉が顰められる。 「何だよ。」 まさか 「妬いたとか言うなよ。」 言っててこっちが恥ずかしいだろ。思いながら、赤くなりそうな顔を避けるように下げて新しい煙草で一服する。 「違ぇよ。」 何だ、違うのかよ。 「じゃぁ何だ?早く食わねぇと冷めるぞ。」 職業柄、目の前の料理が気になる。せっかくいい出来具合なのに。 「…誰にでもやるんじゃねぇぞ。」 まだ難しい顔をしたゾロが箸を握って、それだけ言うといつものように酒を料理に手をつけ始めた。 あっと言う間に皿が空いて行く。 俺はぽかんと間抜け面でその様子を見ていたが、咥えた煙草を揉み消す頃、俺は思わず唇を噛んだ。 「そう言うのを妬くって言うんだよ。」



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