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最後の逢瀬
モドル |晴れた空を見て、君を思い出す様になった。 「俺も終わったな~…。」 頭に浮かんだ臭い科白にサンジはうんざりと肩を落とす。 「何だ、一人言か。」 「うっせぇ。」 いきなりうっせぇとは何だ、とゾロも隣で顔を顰める。 情事の後をそのまま部屋のベッドの上で過ごして、気付けば朝を通り過ぎ、昼近くなった高い空を、サンジはゾロの腕の中から 眺めていた。太い腕にはがい締め宜しく包まれていても、上向きに煙草をふかすサンジの頭上の丸窓には、今にも落ちて来そうな 青い空が広がっている。 「晴れてんな。」 脈絡もなく呟くと、さして興味もなさそうに欠伸交じりのそうだな、が返って来る。 「お前、次いつ返って来んの?」 いつもは敢えて聞かないようにしているその言葉が、思わず口をついて出て、サンジは慌てて紫煙を吐いた。 「何だ、寂しいのか。」 「違ぇよ、馬鹿。」 本当は、寂しい。 返って来る度、早急に抱こうとする男の腕を、嬉しいのにいつも一度は撥ね退けるのは、その温もりに甘んじて、 離れることを、次の不確かな逢瀬を、待ち遠しく思ってしまうから。 晴れた空を見て、君を思い出す様になった。 「また傷増えてんな。」 「あ?あぁ、ちと面倒な奴に出くわしちまってな。」 そうやって、何事もないように言ってのける傷の一つ一つに指を這わせ、逢瀬の度にサンジは密かに数えて来た。 あまり傷の増えていない時は、何事もなく生きているゾロに安堵し、たくさんの傷を抱えて帰って来た時は、生きてここにいるこ とに誰にも悟られず感謝した。 「で、今度は…。」 いつ帰って来るのだと、同じ科白をまた言いかけて、ゾロがその言葉を遮った。 「もう、帰って来ねぇかもしれねぇ。」 「え…?」 サンジが思わず身体を起こす。起き上がった顔の真横に見上げていた丸窓が並び、視界の端に、何処までも蒼いオールブルーの 水平線が広がる。 「どう言うことだ…?」 聞きながら、何となくその意味をサンジは頭の隅で理解していた。 「帰って来る保障が出来ねぇ。だから、」 約束はしねぇ、と。 晴れた空を見て、君を思い出す様になった。 二人無言で服を着て、先に着替えたサンジが何気なくゾロの着替えも手伝って、二人で自室になっているレストランの二階を出た。 春風よりも温かい、けれどさっぱりとした後味のいいレモン水のような風が、サンジの金糸を揺らす。 前を行く丸い頭を思わず掻き抱きそうになって、ゾロは無意識に伸ばした指先をひっこめた。 「気をつけて行けよ。」 もう10年になる。麦わら海賊団の船を降りて、サンジがここに店を構え、そして毎年一度、ここへ来る男に、毎回そう言って送り 出して来た。 「あぁ。」 いつも以上に短い返事に、思わず苦笑う。 「最後かもしれねぇのに、愛想がねぇな。」 帰って来ることを信じている。やっと野望を果たす日が来た。それなら、この男は必ず勝って生きてまたここへ来る。けれど、 「かも、じゃねぇ。これが最後だ。」 生きたって、この男はもうここへは帰ってこないのだろう。 「本当に最後か?」 未練たらしく聞くまいと、心に決めて部屋を出たのに、歩きながら小舟のある桟橋近くに来て、思わずそれが口をついて飛び出し た。生きる癖に、どうして最後だなんて言う。 「最後だ。期待するな。」 絶対生きる。けれど、そう言って死んだ時の自分に落胆するサンジを、ゾロは見たくなかった。死んだら来ない。 生きても、もうここへは来ない。 「…分かったよ。」 だからサンジもそう言うしかない。 「愛してんぜ、ゾロ。」 だけど最後に、せめてそれだけ。 いつもの笑みでにかりと笑うサンジの口元に、10年前にはなかった皺が刻まれる。それを見て、長く愛し合った自分達を思った。 「あぁ。俺もだ。」 愛してなくちゃ、今がこんなに辛い訳ない。 晴れた空を見て、君を思い出す様になった。 10年間、いつも緑髪が見えなくなった後で、煙草の端を噛みながら、柄にもなく熱くなる目頭を堪えて来た。 ポーカーフェイスの自分から涙なんて零れないよう、上を向いて、沁みる様な蒼い空を見上げていた。 その度に、もう次の逢瀬を想っていた。 「じゃあな。」 俯くと、短くなった煙草が砂浜に音もなく落ちる。 零れた涙が熱い砂と煙草の火種にぽたぽた落ちて、景気のいい音を立てて蒸発する。 「クソ野郎。」 もう、この空を見て、君を思い出すことはない。