二次創作小説
夜の帳
「サンジ君って、いつからゾロが好きだったの?」
「はい!?」
ティーポットの蓋を思わずがちゃりとシンクにぶつける。
夜はすっかり更けた0時過ぎで、航海日誌の整理を終え、小腹を好かせた可愛いい彼女に強請られて、俺はカウンターで囁かな軽食
を用意していた。
「ねぇ、いつから?」
机に伏せて黙っていたので、随分疲れているのだと気遣って話しかけずにいたと言うのに、
顔を上げた彼女は開口一番とんでもない質問を口にする。
「え、っと…ナ、ナミさん。俺は別に…。」
湧いた湯でポットを温めながら
、内心大慌てで好きじゃないと言う前に、もういいからと撥ね付けられる。言葉に詰まってへらりと笑う俺に、
彼女は肩を竦めて言葉を続ける。
「いつからだ、ってはっきり言える?」
そう言う彼女はいつも、うちの船にはホモがいる、と嫌悪感丸出しでゾロをいびっている彼女ではなく、
書き物の後で充血した丸い瞳に純粋な憂いを浮かべている。
俺もまた、言われてみればそうだと思う。気付けば目で追っていた。だから好きだと自覚した。
いつからなんて考えたこともなければ、何より下手な仕草でゾロの周りをうろうろしていた俺を面倒だと一蹴して
言葉裏腹抱き込んだのは奴の方だ。
「私は言えないなあ…。」
十分蒸らしたダージリンをカップに注いで、ポットと共に彼女の前に差し出す。
可愛らしいありがとうの言葉に、自分も彼女に対座しそうになったが、カウンターに見え隠れする洗い物に、
諦めてカウンターの奥へと引き返した。
「ルフィを、ですか?」
彼女がカップに口をつけ、微笑んだのを見て尋ねる。彼女は頷く代わりに二口目を口に運んだ。
「好きになっちゃった今ならアイツの何処に自分が惹かれるのか分かるけど、仲間だった頃との境目はいつだか分からないなって
思って。」
だからサンジ君に聞いたのよ、とダージリン茶の湯気の向こうで彼女が笑う。俺は泡だらけの食器を眺めながら、暫し考えた。
「それじゃあ、今ナミさんがルフィに惹かれると思う要素は?」
「全部よ。」
早い返事に思わずダイニングを振り返ると、彼女はこちらを見て笑っていた。
「全部?」
「そう、全部。」
ルフィという人間が好きだから。だから全部。そう言っているようで、少し面食らってしまった。
「サンジ君は?」
彼女が空いたカップに二杯目を注ぐ。
俺は…。
すぐに答えなかったのは、答えが分からなかったからではなく、彼女にそう答えることを躊躇ったからだ。
キュッと水道の蛇口を閉めてカウンターを越えると、彼女は自分の隣の席をそっと引いた。
促されるまま、正面を避けて隣に座る。
「俺も、全部…です。」
彼女は分かっていたようだった。
「そう?」
「はい。」
「それなら、早くそう言ってあげた方がいいわ。」
「え?」
彼女が空いたカップとポットを持って立ち上がったので、慌てて手を差し出すとそれはやんわりと制される。
「後はやって置くわ。これ洗うだけだし。」
そう笑う彼女の笑顔に情けなく笑い返すと、彼女はふいとそっぽを向いて、いつもの調子で言う。
「ホモよろしくイチャイチャされても困るけど、真面目な喧嘩されるのも面倒なの。見張り台にいるだろうから、
とっとと仲直りして来て頂戴。」
「はは…そうですね。すみません。」
見張り台にいることも、仲直りしなくてはいけないことも分かっていた。
彼女の行為に甘え切ったあと、ダイニングの扉を開けると、背中に彼女の声がかかる。
「ゾロはいいわね。サンジ君みたいに一途な人がいて。」
彼女らしからぬ言葉に返事を迷っていたが、はたと目の端に映った影に俺は思わず笑ってしまった。
「何?」
彼女が怪訝な顔で振り向いたので、一言何でもないと返す。
「ルフィと喧嘩でもしました?」
聞くと、彼女は派手な音を立てて洗ったポットを棚にあげる。
「別に。」
怒気を含んだ声に、デッキの端でかさりと小さな風が吹く。
「いいからさっさと行きなさい!私もさっさとこれ済ませて寝るんだから。」
不機嫌そうに言う彼女に今度は俺が肩を竦める番だった。
言われるままに扉を閉めて見張り台を見上げると、黒い影が窓の影から身を隠すようにこちらを伺っている。
「丸見えだっつーの。」
笑って見張り台に向かいながら、さて素直に謝れるか暫し思案して、いつまでも出てこないデッキの影に
「お前もちゃんと謝れよ。」
と声をかけた。ほぼ同時、振り返った先に開いた扉の向こうへ消える麦藁帽子を見た。
その晩、見張り台の電気が消えても、キッチンはいつまでも明るかった。
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