二次創作小説
You're Mine
それは、よく晴れた空の下、波が穏やかで、静かな何の変哲もない海の上。
「付き合って。」
デッキに自然集まっていた皆が声の主を見た。
日向ぼっこ宜しくデッキに広げたサンジのおやつを囲んで思い思いに過ごしていた面々が皆一様に
「は?」と呟く。ナミの視線の先には給仕もとい給餌に徹するサンジ。
「え、ナミさん!それって俺とラブラブランデブーを…。」
「そうよ。」
いつものように甲高い声でサンジが言うと、その会話を聞いていた面々の意に反して彼女はあっさりと
それを肯定した。
「はいっ!?」
驚いたのはサンジだ。
「私と付き合って、サンジくん。」
サンジに向けられた視線はいたく真剣で、おやつのドーナッツに伸ばされたゴムの手も、
口に食べかけを咥えたままの剣士も、もちろん他のクルーも動きを止めて固まった。
「ナ、ナミさん…それは買い物に付き合って、とか蜜柑の手入れを手伝って、とかでは…。」
「ないわ。」
「えぇっ!?」
驚くサンジを見て、ナミが溜息を大きく一つついた。
「私の恋人になって、って言ってるの。私じゃ不満?」
「と、とんでもない!」
言いながらサンジはちらりと後方のゾロを見る。
訝しがりながらも険しい目で自分を見ているのは分かっていたが、
レディ第一のサンジはこの予期せぬ事態にも滑るような常套文句が口をついて飛び出す。
「う、嬉しいなあ!ナミさんが俺にフォーリンラブだなんてっ!あ、でもロビンちゃんがヤキモチ
妬いちゃうかなぁ。」
小首を傾げるフランキーの横で、ロビンはまぁ、と言ったきり口を噤んでいる。
サンジの台詞をぽかんと聞いていたウソップ、チョッパー、ブルックがちらりとゾロに目配せし、
声なくヒッと叫んだ。
「それじゃぁ、サンジ君。明日つく島では私と一緒に買い物しましょ?デートくらいしてくれるわよね?」
「もちろんさ〜!喜んで!」
ナミの可愛いお願いにいつもの調子で一頻りメロリンした後、紅茶が飲みたいと言うナミを引き連れて、
サンジはキッチンへと消えていった。
静まり返ったデッキで、ウソップが隣りに座るチョッパーに耳打ちする。
「サンジって…ゾロと出来てたよな?」
「ナ、ナミはルフィのはずだぞ。」
「だよなぁ。じゃぁ…。」
何故だ。
物騒な形相で刀の柄を握ったまま船内扉を睨むゾロと、次のドーナッツに伸ばしたゴムの手を宙に浮かせ
たまま無表情で固まっているルフィを交互に見やりながら、クルーは皆黙って首を傾げていた。
次の朝、ナミの予想通りにサニー号は小さな繁華街のある島に到着した。
普段なら、荷物運びを理由にサンジがゾロを引き連れ、飛び出していくルフィを追いかけてナミが船を
降りていく。が、今日は後方を気にしながら真っ先に飛び出していくゴムの腕も、何だかんだ言って
寄り添う言葉遣いの悪い口喧嘩もない。ただ、
「行くわよ、サンジ君。」
「ま、待ってナミさん!」
オレンジ髪の航海士を追いかける金髪コックの後ろ姿が、船から遠ざかっていく。
「マジでコックの兄ちゃんついて行っちまったな。」
火に油だと騒ぐウソップ達に構わず、甲板に寝転がるゾロの横を通り過ぎながら、
フランキーがぽつりと呟いた。
「…知らん。」
短く答えるゾロは昨日から当然頗る機嫌が悪く、ルフィも何を考えているのかサニーのヘッドに
座ったっきり降りて来ない。
「困ったわね。」
花壇に水を遣るロビンの声が、青い空に抜けて消えていった。
ちょっと休憩しましょ、と言うナミに従って、サンジは街の奥にあるお洒落なオープンカフェに入った。
買い出した食糧は全て船に届けてもらうよう手配し、手ぶらの二人は本当にデート宜しく向かい合って
座っている。お揃いで頼んだ珈琲とシフォンケーキがテーブルに運ばれて来て、
「うわぁ。美味しそう!」
感嘆の声を漏らすナミを可愛いなと眺めながら、サンジもそうだね、と答える。
「ゾロともこう言うところ、よく来るの?」
「いや、あいつとなんて…って、それじゃぁナミさん、やっぱり…。」
シフォンケーキを突きながら悪戯っ子のようにナミが笑う。
「ごめんね、サンジ君。」
ナミの一言にサンジはあから様に溜息をついて見せる。
「はぁぁ〜。やっぱり…。ついにナミさんとラブラブカップルになれたと思ったのになぁ!」
「嘘。昨日からチラチラとゾロのこと気にしてた癖に。」
ナミの一言にサンジはうっと言葉を詰まらせたが、すぐに
「ナミさんこそ、目が俺じゃなくてクソゴムを追ってましたよ?」
なんて反撃すると、今度はナミが困ったように笑って舌を出した。
「ねぇ、サンジ君。こうやってゾロとカフェで食事したことは?」
ナミの唐突な質問に、サンジは苦笑った。
「ないですよ。男二人でこんなお洒落な店なんて…。」
言っていて自然眉根が下がる。男同士、それに自分達は海賊だ。
「じゃぁ、入りたいと思ったことはあるのね?」
「ま、まぁ…。」
レディじゃ在るまいし、とは自分でも分かっているが、サンジもマニュアル通りのデートに憧れない訳で
はない。ゾロとのデートと言えば、買い出しかそれを延長した宿での情事くらいだ。
勿論それに不満なんてないが、たまには当たり前のようにゆっくり穏やかな時間を過ごしたいと思うこと
だってある。
「私もよ。」
ナミが珈琲を口に運びながら自嘲する。
「いつもルフィの背中を追いかけてばかりで、恋人らしいことなんて一つもないわ。」
その話を聞きながら、サンジはいつもルフィを追いかけて船を降りて行くナミを思い出していた。
大人びたナミとは違い、チョッパーやウソップの延長のようなルフィは子供っぽく、ナミとそう言う関係
になった後も、サンジはこいつに恋とやらが分かるのかとナミには悪いが心の端で疑ったものだ。
「俺たちとは逆ですね。」
自分たちは、買い出しとなるといつもあちこちに動き回ってしまう自分の後を、ゾロがのんびりとついて
くることが多い。恋に奔放なルフィとはまた違い、身体を繋げること以外では人の目もあり何かと公には
行動できない。
シフォンケーキの欠片を皿の上で転がしながら言うサンジから視線を逸らし、ナミはガラスの向こうの
通りをぼんやりと眺める。
「私達って、きっとあそこを通る人達には恋人同士に見えてるのよね。」
言いながら、サンジも同じように視線を投げた先に、丁度自分達くらいのカップルが腕を組んで
通り過ぎて行く。
「嬉しいなぁ。ナミさんと恋人どう…。」
し、と言うサンジの言葉を無視してナミは言う。
「私とルフィじゃそんな風には見えないし…。」
そこまで言ってナミは言葉を切るが、ゾロとサンジでもそんな風には絶対見えない。
もし自分達が恋人同士であるなら、それは例え海賊であったってそうなることに不自然はないのかも
しれない。
それでも、自分達の相手は一人だ。
「ごめんね、サンジ君を利用しちゃって。ただ、こう言うデートがしてみたかっただけなの。」
「…それは、俺とですか?」
「え?」
サンジがシフォンケーキの隅にある飾りの苺をナミの皿にちょこんと移して笑う。
あぁ、こう言うところがサンジ君ね、とナミは思う。
「俺はナミさんみたいな素敵なレディとお茶が出来てすごく楽しかったです。
でも、ナミさんがそれをしたいのはルフィとだし、俺も今この瞬間は楽しいですけど…。」
「ゾロがいいに決まってるわね。」
ナミが穏やかな声で続けたので、サンジも黙って頷いた。
「ほんのちょっとね、ヤキモチ妬かせてやろうと思ったのよ。ただそれだけ。」
苺を唇に押し当てナミが笑うと、サンジも悪戯っ子のように笑う。
「あいつ、固まってましたよ。」
「あら、私だって斬られるかと思ったわ。」
二人言い合って、そして笑う。
「信じたかしら?」
「どうでしょうね。ロビンちゃん辺りにはバレてそうですけど、あいつらには…。」
「なら、作戦成功ね。いい加減、女の気持ちも理解してもらわなくっちゃ。」
「ナミさん、俺は男ですよ。」
苦笑うサンジを他所に、ナミはサンジの手をとって言う。
「サンジ君!乗りかかった船だもの。もう少し付き合ってもらうわよ?」
やる気のナミにがっちりと手を握られ、メロリンしたサンジは頭の端に追いやられた否定を気圧され、
気付けば
「分っかりました〜!」
と返事をしていた。
「ただいま〜!」
陽が落ち始め、薄らと暗くなりだしたサニー号に、ナミとサンジが戻って来た。
「お、おかえり。」
「おかえりなさい、お二人共。」
ブランコの側でバイオリン片手にチョッパーと話していたブルックが立ち上がる。
「何だお前ら、もう戻ってたのか?」
咥え煙草をもみ消し、サンジがナミをデッキに引き上げる。
「ロビンやフランキーも帰ってきてるぞ。」
「ウソップさんもです。」
「で?あいつらは。」
「ロビンさんは女部屋、フランキーさんとウソップさんは工具室で汲み上げポンプの修理をされてる
みたいですよ。」
「そか、お前ら腹減っただろ。ちょっと待ってな、今夕飯の支度を…。」
「サンジ!」
キッチンへ戻りかけるサンジをチョッパーが引き止める。
「あ?どした。」
「ゾロとルフィがまだ戻って来てねぇぞ。」
「あ〜…。」
言われてはたと気づいたふりをして、サンジは新しい煙草に火をつける。ナミもそしらぬふりで風の様子
を伺うふりをする。二人共、船に帰ってきて真っ先に気配を探した人間は決まっている。
「ま、そのうち帰ってくんだろ。腹すかしたままいられるような奴らじゃねぇさ。」
ピンクの帽子を人撫でしてやり、サンジはキッチンへ、ナミも女部屋へと散っていった。
暫くして、サンジの言葉通りにゾロとルフィがそれぞれ船に戻り、日もとっぷり暮れてからサンジの
「飯だぞ!!」の号令がサニー号に響き渡った。
「ナミさん、ロビンちゃん。食後の珈琲は?」
「もらうわ、サンジ君。」
「私もお願い。」
「はーい。」
一段落した夕食時、給仕に走り回るサンジを、ゾロは席についたまま睨むように眺めていた。
相変わらず女尊男卑の精神で笑顔を振りまくサンジは、数日前、次の上陸はゾロと二人で買い出して
そのまま宿に泊まろうと言う口約束を交わしていた。
言いだしたのはゾロだったが、了承したのはサンジだ。
なのに、
「あのね、ロビン。今日サンジ君と言ったカフェの珈琲が凄く美味しかったのよ。時間があったら島を
離れる前にまた行ってみない?」
「まぁ、いいわね。」
サンジはナミと船を降りた。
「…っち。」
「何だ、毬藻。俺の作った夕食が不満だったのかよ。」
ゾロの派手な舌打ちを聞きつけ、サンジが背後で眉を顰めた。
「…別に。」
「んだよ、愛想ねぇな。って、まぁいつものことか。」
「うるせぇ。」
素っ気無い返事だけを残して席を立つゾロを見て、ウソップは人知れずため息をつく。ほんの一瞬、
ゾロの言葉で影の射したサンジをナミがちらりと見やる。
ゾロが出て行った船内で、ルフィはただ黙々と皆が食べ切れず残した料理に手を伸ばしていた。
キッチンを出て行ってしまったゾロの様子を見て、サンジこそ少し慌てるが、ナミにとってそれこそ
ゾロの愛情表現に見えてしまう。ナミはちらりと視線をルフィに送る。いつもよりも大人しくはあるが、
自分のことなど見向きもせずに黙々と食事を続けるルフィに、何だか泣きたい気分になる。
「…なによ。」
ナミの小さな声をサンジだけが聞き取る。寂しそうに唇を噛む様子に、思わずサンジは眉根を下げる。
「サンジ君!女部屋に来ない?」
「え!?」
「今日食べたシフォンケーキみたいなの、私も作ってみたいのよね。ロビンは丁度見張り番だし、
ちゃんとメモも取りたいから、部屋で教えてくれない?」
「で、でも…それならキッチンで…。」
「夜はキッチン冷えるし。ね?」
驚くクルーを肩目に、それはやり過ぎじゃ…とサンジは言いかけるが、ナミが腕を引っ張るので、
流れにまかせてキッチンを出てしまった。
「ナ、ナミさん…ちょっとやり過ぎじゃ…。」
女部屋へと引っ張られる腕をほどきながら、サンジが意地になったナミを諭す様に話しかけるが、
ナミは振り向きもせず歩いて行く。
困った、とサンジが焦り始めた時、ばたんと派手な音がして船内の扉が開いた。
「サンジ!!」
響いた大声に、サンジは一瞬心の奥でがっつポーズをした。
「ナミは俺のだ!」
船内を抜ける声に、ナミははっと声の主を振り返る。
デッキの手摺りの上に仁王立ちするルフィを見た瞬間、ナミは、あ、泣くと咄嗟に思った。
ひらりと自分の目の前に降りて来たルフィに、ナミは一歩後ずさる。
「ルフィ…。」
呆然とするナミに、ルフィはいつもの調子でのんびりと言った。
「食べに行くか!」
「は?」
「珈琲のうめぇ店があるんだろ?」
「え…。」
そいつも、ナミの話す会話に相槌を打つだけなのに、何気ない会話を覚えていたことが、
ナミには何より嬉しかった。
「腹いっぱい食っていいか?」
にししと笑うルフィに、ナミも笑って手を伸ばした。
「…うん!」
ナミの髪を一撫でしながら、ルフィは昼間街で見かけた光景を思い出していた。
カフェに座るサンジとナミ。その姿を見て、何処か似会ってるなんて思ってしまった自分が
腹立たしかった。また、その光景を見てはたと思い至った。いつも自分の後を追いかけて来るナミの姿。
ルフィは飛び出していく自分をナミが追いかけて来てくれるのが嬉しかった。
何処へ行っても自分にはナミがいると、そう思っていた。だから、不安になったのだ。
「ナミ、俺のこと嫌いになったのか?」
いつも追いかけてくれるからと言って、自分が前ばかり見ていたら、
知らぬ間に見失ってしまうかもしれない。
「馬鹿じゃないの。」
ナミはルフィの腕をつねって言う。
「あんたじゃなくていいなら、わざわざ帰ってきたりしないわよ。」
ここに、とルフィのベストを引っ張ってナミが照れ笑うので、ルフィもそっか、と笑い返した。
レディの顔だ、とサンジはそっとその場を後にする。後方でルフィとナミが楽しそうに話すのを聞いて、
自分の役目も終わったな、と少しほっとする。デッキを過ぎて船内の壁に沿って後方甲板に回る。
と、その角を曲がったところに立っていた人影とはち合わせそうになり、サンジは慌てて身を逸らした。
「…っと、ゾロ!」
「おう。」
壁に凭れて腕を組んでいたのはゾロだった。
「あ〜…えっと…。」
丸く収まったルフィとナミ、それからこれまでのことを説明しなくてはならない。
分かっているのに何から話したらいいのか分からない。右往左往するサンジを見て、
ゾロは小さな溜息を一つ吐いた。
「どうせナミに頼まれでもしたんだろ。」
「気づいてたのか?」
目を丸くするサンジを見て、ゾロは苦笑う。
「後々、何となくな。」
「何だ、そっか。」
俯き加減によかった、と呟くサンジにゾロは続けた。
「で?」
「え?」
「帰ってくんのか。」
慌てて顔を上げたサンジの目に、拗ねたようなゾロの顔が飛び込んでくる。
この表情の硬い男が拗ねていたり喜んでいたりする顔を見極めることが出来るのは自分だけだという
優越感を、サンジはほんの少し抱いていた。分かっていて、聞いてみる。
「…ゾロのとこにか?」
「ん。」
迷いなく帰って来る素っ気ない返事に、サンジは緩みそうになる頬を堪えて考える素振りを見せる。
「ん〜…。」
ゾロの前を何気なく通り過ぎ、その琥珀色の視線が自分を追ってついてくるのを背中に感じて、
堪え切れず振り返った。
「帰る。」
笑顔で言うと、触れ慣れた手がサンジの腰に伸び、すっぽりとその中におさめられた感触は、
やはりどんなレディと居る時よりも落ち着くと、サンジは言わずとも頭の隅で思っていた。
「ゾロ…。」
「何だ。」
少し躊躇って、ぼそりと呟いたサンジの言葉に、ゾロは笑ってしょうがねぇなと言うと、
そのまま優しく口付けた。
ごめんな。
無事丸く収まった麦わら海賊団で、その後こんな遊びが流行った。
穏やかな海の上で、船内扉が派手に開いて、海パン姿が足音荒くデッキに近づいてくる。
「…ったく、女ってのは…!」
「お、どうした?フランキー。ロビンちゃんと喧嘩か?」
「あ?…いや、何でもねぇよ。」
そこへ船内扉の開く音と共に、ピンヒールの軽快な足音が近づく。
「ねぇ、コックさん。私を貴方の恋人にしてくれないかしら?」
「え!?」
「なっ…!ふざけんなロビン!」
慌てるサンジとフランキーの後方に、見張り台からゾロが飛び降りて来る。
「コックは俺のだ!」
「ば、馬鹿!でけぇ声で言うんじゃねぇ、クソ毬藻!」
真っ赤なサンジと言い合うゾロと、慌ててロビンに駆け寄るフランキーを蜜柑畑から眺めながら、
ナミはこっそり苦笑う。
「笑い事じゃねぇぞ。」
麦わら帽子を顔に乗せて、蜜柑の木の足下に寝転がるルフィがぽつりと呟くので、
ナミは今度こそ声をあげて笑ってしまった。
空は、何処までも抜けるように蒼い。
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