二次創作小説

夢の終わりに

「しんい…ち…。」 どこ…? 「し…新一っ!!」 跳ね起きた身体を嫌な汗が伝う。 それが夢だと気付くまで、そう時間はかからなかった。 「蘭…!?どうした!!」 あたしの叫び声に、下の階で事件ファイルに目を通していたであろう新一が飛んで来る。 こちらに近付いてくる彼と、今自分が座っているのが彼の部屋のベッドであることに気付いて心底安堵する。 と、同時に不本意にもじわりと目の端から滲み出した涙をそのままに、そっとベッドの端に腰掛けた彼にしがみついた。 「どうした、蘭。」 彼は一瞬驚いたように身を引いたが、すぐに抱きしめるようにあたしの肩を包んで撫でる。 あたしは彼の胸に顔を押し付けたまま、彼の服を掴んだ手に力を篭めただけで、何も堪えられない。 「怖い夢…見たのか?」 彼には何でもお見通しのようだ。あたしはまだ優しく頭の上を上下する彼の掌を感じながら、小さく頷いた。 「どこかに…。」 そう言いかけて、止めた。困った顔をする彼が目に見えていた。 「俺がどこかに消える夢、か?」 あたしはぱっと顔をあげる。視線がかち合った。 「どうして…。」 分かったの? そんな目で彼を見上げていたのだろう。彼はふっといつもの自信たっぷりの笑顔を浮かべていた。 「行かねぇよ。どこにも。」 オメーを置いては、と言う彼は、ひどく優しい顔をする。それだけで、あたしの肩からは厳禁にもすんなりと力が抜けた。 新一が戻って三年。 同じ場所で毎日同じ時を刻むようになって、もう一年になる。 それなのに…―――― あたしはもう一度彼のワイシャツを握る。 「きっと、新一が傍に居なかったからだよ。」 久方ぶりの嫌な夢。新一と暮らすようになってからは、見ることもなかったのに。 「え?」 彼は居るだろ、ここに、と不思議がる。それを見て、あたしは首を横に振った。 「居なかったから、あんな夢見たのよ。」 今、ここに。眠るあたしの傍に居てくれなかったから。 そんなこと、唯の我が儘だろうか。 「それは俺に事件放って、添い寝しろって言ってんのか?」 俯いたあたしの顔を、彼が覗き込んでいる。てっきり怒らせたと一瞬怯んだあたしに反して、彼は意地悪な笑みを浮かべていた。 彼はんー、とわざとらしく唸った後、 「事件の時は、蘭は置いて行かざるを得ねぇんだよな。」 と言う。当たり前のことだ。そこまで彼を独占するつもりなんてない。ただ、今日だけ傍に、と思ってしまった。 彼が仕事を蔑ろにしたことなんて今まで一度もないのに。 「…だよね。ごめ――――」 「でも。」 離れかけたあたしの手を掴んで、言葉を遮るようにして彼が続ける。 「今日は特別な。」 そう言う彼を目を丸くして見上げると、ずっと変わらない真っ直ぐな瞳がそこにあった。 全てお見通し。あの頃から、ずっと。 もうすぐ一年。あと二分で時計の長針は初めての記念日を示すだろう。 「おやすみ、蘭。」 眠りに落ちる瞬間、そう言う彼の声が聞こえた気がした。


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