二次創作小説
誘惑の確信犯
「はい、工藤です。」
「もしもし、新ちゃん?」
電話口から、久しく甲高い声。
「なんだ、母さんか。」
「あら、なんだってなぁに?蘭ちゃんじゃなきゃ電話しちゃ駄目なのかしら。」
「ばっ…!!そう言う意味じゃねぇよ。」
「やだ、冗談よ-。新ちゃん可愛い-。」
その相変わらずの様子にため息をつく。
いつまでも子供扱いはやめてくれ。
「…。」
「ちょっと、新ちゃん聞いてる-?」
「あんだよ…。」
「今度ねぇ、優作の小説の授賞式がこっちであるんだけどね-、新ちゃんにも出てもらいたいって、優作が。」
俺は母さんの話を聞きながら、つい最近テレビに報道されていた父さんを思い出していた。
「あぁ。そう言えば、この間テレビで見たよ。けど、別に俺が出る必要ねぇだろ?」
俺はローボードに軽く腰かけながら嫌な予感を覚える。
「優作が新ちゃんにも社交会を経験してほしいって。たまにはいいじゃない。」
俺は社交会と言う言葉に顔をしかめる。何も、今回が初めてではない。
だからこそ、社交会なんて出席したら、父さんがらみの企業から知らない女性のエスコートを頼まれるのがオチだと知っている。
「俺はいいよ。」
そう言って、母さんの不満そうな声が受話器の向こうで止むのを待った。
「え-!!もう新ちゃんのスーツそっちに送っちゃったわよ-。」
そう言うのは返事聞いてからにしろって。
「またの機会に着るよ。」
気が向けばの話だが。
けれど、今日の母さんの不満はなかなか収まらない。
「新ちゃんはそれでいいかもしれないけど、蘭ちゃんはどうするのよ-。英理ちゃんのとこに送っちゃったじゃない。」
「は?」
俺は思いもかけなかった言葉に思わず立ち上がる。
「は?ってなぁに?」
「蘭も行くのか?」
俺が聞くと、母さんは少し間をおいて、思い出したかのように笑った。
「え?あら、言わなかった?蘭ちゃんも一緒にって。」
「言ってねぇよ。」
予想外の話に俺が不満げな声を出すと、それをかわすように声が続く
「蘭ちゃんにはもう了解の返事をもらったのよ。蘭ちゃんのとこには今日ドレスが届くようにしておいたから、そろそろドレスを
持った蘭ちゃんが来るんじゃない?」
俺の心を読むように含み笑いの母さんが言う。
知らなかったのは俺だけかよ。
「…。」
俺が黙りこんでいると、母さんの悪戯を抱いたような声が受話器の向こうから届く。
「もちろん、来るわよね?新ちゃん?」
「…。」
「ロスで蘭ちゃんを婚約者だ-って紹介出来るんだもんねぇ?」
「…。」
「来るでしょ?」
「…。」
「来るわよね?」
そう、念の一押し。
「行ってやってもいいけどよ-…。」
「わ-い。」
「…ったく。」
小声で悪態をつく俺を無視して、母さんが続ける。
「あ、そうそう。新ちゃん。」
「何だよ。」
次の言葉を待つが、受話器の向こうは静かなまま。
「母さん?」
そう呼びかけると、意味深な言葉が返ってくる。
「…脱がせちゃ駄目よ…?」
「……!!何の話してんだよっ!!」
「じゃあね-。」
俺に構わず切れる電話。相変わらず母さんには敵わない。
そう自覚した瞬間、父さんに代わってもらえばよかったという後悔が頭を過ぎる。
そんなことを言えばまた母さんに煩くされるだけだろうが。
俺は受話器を元に戻しながら呟く。
「…ったく、物騒なことを…
「何が物騒なの?」
「うわっ…!!蘭!?」
振り向いたすぐ後ろに噂の彼女の顔。俺は思わず後ろ手をついてのけ反った。
「呼び鈴押したんだけど、返事がなかったから入ってきちゃった。」
そう笑う彼女に至極動揺する俺。
「い…いつから居たんだよ。」
「今よ。なぁに?何かあるの?」
じと目の彼女に見透かされそうになり、俺は勢いよく頭を振った。
「い、いや。別に何でもねぇよ。」
俺は話を逸らすように彼女に聞く。
「そうだ、蘭。届いたか?」
その言葉に、彼女は困ったような笑みを浮かべる。
「うん!おば様にお礼言わなくちゃ。開けて見たらすっごく高そうなんだもん。もらえないよ。」
「気にすんなって。勝手に送りつけて来たんだから。」
高くて当然だ。どうせ蘭に似合うドレスをロス中の店から選んだに決まってる。
「それで?着てみたか?」
「え。…ううん…まだ。」
なんか、もったいなくって、と言う彼女の背中を押し、客間を貸す。
「一度着てみろよ。」
「で、でも。」
彼女が慌てて俺を制する。
「どうした?着てみなきゃサイズがあってるかわからないだろ。」
「う…うん。」
どこか腑に落ちない様子の蘭を不思議に思いながら、とりあえず彼女の着替えを待った。
「し、新一…。」
背中にかけられた声に、笑顔で振り返る。
「あぁ、どう………………!!」
その姿に俺は絶句した。
真っ赤な顔の彼女が纏っているのは、胸元が大きく開き、ふとももの付け根までスリッドの入った、ワインレッドのタイトドレス。
もちろん、スタイルのいい蘭が似合わない訳がないが、彼女らしくないと言うか、刺激が強いと言うか、嬉しいと言うか…………
と、とにかくこんな恰好の彼女を一目に曝すことはしたくない。思考が止まる寸前にそう思った。
母さん…何考えてんだっ!!
「や…やっぱり露出しすぎだよね…?」
駄目かな、と言いながら無自覚に上目使いをする彼女から目を逸らし、平静を保つ。
「だ、駄目じゃね-けど…。」
誰が駄目って俺が駄目だっつ-の。
そこで、端と電話越しの母さんの言葉を思い出す。
…脱がすなって…そういうことか。
ってか、無理だろ…。
一人で騒がしく思考を巡らす俺に反し、返事が返ってこないことに戸惑う彼女に気付く。
「すっげぇ似合ってるけどよ、やっぱそのドレスは止めようぜ?」
「どうして?」
どうしてって…ったく鈍感女。
「ねぇ、新一?」
不安そうな彼女から目を逸らす。自分の顔が熱くなっていることにはとっくに気がついていたが、それには敢えて構わずに呟いた。
「…俺が嫌だからに決まってんだろ。」
そう言って、彼女を見ると、すぐに真っ赤な顔をして、それから嬉しそうに笑った。
「そろそろ着替えてもいい?」
彼女が沈黙を破って言った。
「!!」
「新一?」
「あ…あぁ。」
そう返事をしつつも、実際はすでに上の空。着替えると言って客間を振り返った彼女の背中が、また腰の上まで大きく開いている。
秘密兵器かよ。
そう馬鹿なことを考えながらも、何事もないかのように彼女の後ろについていく。
彼女が怪訝な顔をして振り返った。
「どうして新一がついて来るのよ。」
散々煽っといて何言ってんだ。
「いや、脱ぐの手伝おうかと思って。」
「なっ…馬鹿っ!!」
そう言って食ってかかろうとする彼女をふわりと持ち上げ、早足で目的の場所まで進んでいく。
「まぁまぁ、遠慮すんなよ。」
「してないわよ-!!」
そう叫ぶ彼女の声は、パタリとしまる部屋の扉に掻き消された。
どちらにしても、この機会を逃すほど自分も馬鹿ではない。
わざわざ彼女らしくもないドレスを選んで送ってきた母親の悪戯に感謝した。
翌日、俺はぐったりとベッドに横たわる彼女の弱々しい反抗にも構わず、空いた左手で悪戯をしながら、
母さんからの電話に出ていた。
「もしかして脱がせちゃった?」
その声にちらりと横目で彼女を見ると、恨めしそうな彼女の視線とかちあう。
「んなことしねぇよ。」
何だ-、と不満そうな声。けれど、恐らく事実を理解した上での問いだろう。
母親のくせに何を期待してるんだか…。
まぁ、脱ぐのは手伝ったけどな。
一晩かけて。
「ま、いいわ。蘭ちゃんによろしくね。」
「代わらなくていいのか?」
「…代われないでしょ?」
「…だな。」
そう呟くと、彼女の声を発しない唇が、馬鹿、と悪態をついた。
後日、ロスの工藤邸から荷物が届いた。蘭の花をモチーフにした、母さん特注の白いカクテルドレス。
そしてそれは、あれから一度も触れさせてくれない彼女の不機嫌を一瞬で払拭するのだった。
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