二次創作小説

ずっと

『新一ってさ。』 『ん?』 『好きな子とか、いないの?』 『………なっ…!!』 『いないの?』 『い、いるわけねぇだろ。』 『ふ-ん…そっか。』 『……オ、オメーは?』 『あたし?』 『蘭は…その…いないのかよ。』 『いないよ。』 『…。』 『新一?』 『あ…いや、そっか。』 『うん。』 「…って、言ってたよなぁ…。」 うん、そうだ。確かに言っていた。 あれは……まだ小学生だったかな。 「何が?」 蘭が手を止めて俺の独り言を聞き分ける。 「は?…あ、いや。何でも。」 しどろもどろの俺に、何よ-、などと一瞬頬を膨らませ、すぐにまた部屋の掃除に取りかかる。 蘭の背を眺めて、彼女が掃除から開放されるまで、俺はもう小一時間程ソファに座りたぱなしだ。 せっかく休みだって-のに…。 腕の中に収まってくれない彼女に悪態をついている間に、いつの間にか意識が遥か昔を遡る。 俺は彼女の背中をぼ-っと見つめながら、先程の記憶に意識を戻した。 そうだ。確かにあの頃はそうだったよな。バレンタインの日だったか? ん-………あんま覚えてねぇな。 まぁ、あいつも俺が抱える程チョコもらってんの見て何となく聞いたって感じだったしな。 …ってことは、この時はまだ違うな。 じゃあ、いつだ…? 『新一。』 『あ?』 『これ…。』 『何だよ…って、手紙!?』 『あのね。』 『な、何だよ。急に改まって…。』 『新一のファンだって子から。』 『は?』 『預かったの。渡してって。』 『……それで、律儀に渡しに来た訳?』 『そうよ。どうして?』 『い、いや。サンキュ。』 『相変わらずモテるわね、名探偵さん。』 「ぜって-違ぇよなぁ……。」 嫌なことを思い出しちまった。中学だな、あれは。あん時もかよ。 ってことは……… 絶え間無く響いていた掃除機の音がぱたりと止むと、同時に蘭がこちらを振り向いた。 「新一、何か飲………って、何?」 振り向き様に視線がかちあったことに、蘭が怪訝な顔をする。 「え?…いや、何でもねぇよ。」 「でも、あたしのこと見てたでしょ?」 普段鈍いくせに、こう言うところだけはいつも鋭い。どうなってんだ。 「き、気のせいだろ。」 「…。」 「俺、珈琲な。」 そう言うと、腑に落ちない顔をしつつも、振り切るようにしてキッチンへと向かう蘭に、一つ安堵のため息をつく。 小、中は先ずない。 いつだ…?俺がコナンになった時には既にそうだったのなら…… 『夫婦なんて中道君達、からかいすぎよ!』『ったく…あいつら。言いたいことばっか言いやがって。』 『…またからかわれたらどうしよう。』 『…んだよ、そんなに嫌なのか…?』 『い、嫌って言うか…だって恥ずかしいじゃない。』 「やっぱ高校か?」 「だから、何が。」 キッチンから、珈琲カップを持った蘭が顔を出す。 俺はうわ、っと小さく声を上げ、すぐにしまった、と思った。 「い、いや。」 俺が珈琲だけ受け取って顔を背けると、彼女はいよいよ怪しいと言った風に眉を潜める。 「なぁに、新一。今日の新一、変よ?」 「別に普通だって。」 「うそ-。」 「嘘じゃねぇよ。」 「え-…?」 「だぁ-っ!何でもねぇって。」 そう言って俺が闇雲にさっきまで手にしていた小説に再び手を伸ばすと、蘭は諦めたように自分のカップに口をつけた。 俺は適当なページを開いて目を通しながらも、頭は先程のことで一杯だった。 何も、突き詰めて考える必要もないことだが、蘭の背中を眺めていたせいだろうか。 こちらに振り向かせたいと思っている間に、俺の人生の中で彼女を振り向かせた瞬間まで考えが飛躍してしまっていた。 まぁ…時期は高校だとして、って、えらく最近な話だが、問題はいつか、ってことだよなぁ…。 ………。 …って、蘭。蘭に聞けば早いじゃねぇか。 って、いやいや。それはいくら何でも…。 …………でも、まぁ。 「なぁ、蘭。」 「え!何?」 驚いたように顔をあげた彼女に、何故そう驚くのか、と一瞬思ったが、小説片手にした俺から声がかかるなどと思っておらず、 油断していたのだろう。 「何驚いてんだよ。」 「え、ううん。別に。何…?」 あのさ、と言う俺の言葉を不思議そうに聞く彼女に、 「蘭って、いつから俺のこと好きなんだ?」 「え…。」 彼女の口から漏れた言葉を聞くと同時に、ばっと火がついたように赤くなった顔を見て、 つられたように自分の頬も染まっていくのを感じた。 「な、なぁ。いつだよ。」 今更彼女の気持ちが自分に向いているのを当たり前のように話してしまったことが照れ臭い。 けれど、目の前の彼女はそれよりも問われた内容にあたふたと口を開く。 「な、何で今更そんなこと聞くのよっ!」 「いいじゃねぇか、別に。」 「別にいいなら聞かないで!」 「そうじゃなくて!」 いつの間にか二人しか居ない広い工藤邸の中で、どちらも声を荒げていた。 はたと思い立ったように生まれた沈黙が、益々気まずい。 やっぱ聞くんじゃなかったな…。 俺はばつの悪い顔でそう思いながら珈琲を口に運ぶ。すっかり冷めたそれが喉を通った辺りで、蘭がぽつりと言葉をもらした。 「ずっとよ。」 「は…?」 俺は口に触れていたカップを手の中に収めたまま、隣で真っ赤になって俯く彼女を覗きこんだ。 「ず、ずっと?」 蘭はこちらをちらりと一瞥して、すぐに顔を背ける。 「だ…だから、ずっとよ!!……自分でき、気付いたのは高校入ってからだけど…!」 と、彼女は吐き出すように早口でまくし立てる。 俺は彼女の言葉を反芻した。 「ずっと…って、中学もか?」 「う、うん。」 「小学生の時もか?」 「多分…。」 そう交互に言い合って、しばらくの沈黙の後、俺がぽつりと零す。 「嘘だ。」 「う、嘘って何よ。」 疑いの目を向ける俺に、蘭は心外、とでも言うように口を尖らせる。 「だってよ。オメー、ガキん時から俺宛てのファンレター取り次いだり、俺がバレンタインのチョコもらってんの見ても平気な顔 してたじゃねぇか。」 そう言ってふと気付くと、なんだか拗ねているような口調になっている自分がいる。 何だか、俺ばっかり……って、女の子か、俺は。 そんなことを考えていると、蘭が考えるように黙りこんでから、小さく口を開いた。 「だって気付いたのはもっと後なんだもん。………………で、でも…。」 俯いていた顔が更に俯く。俺はゆっくりと流れる彼女の髪を眺めた。 「嫌じゃなかった訳じゃないもん。」 そう言う彼女の表情はわからなかったが、完全に緩んだ自分の顔だけは自覚した。 俺は崩れてしまったポーカーフェイスをそのままに、強引に蘭を腕の中に閉じ込める。 「な、何!?」 いきなり横抱きにされた彼女が慌てたように動くのを押さえるように更に腕に力を入れた。 「しんい……… 「好きだ。」 ただ一言、あの時も、あの瞬間も、目の前で笑う彼女に言えなかった自分の分まで、ただ一言そう告げる。 好きだった。 俺も。 ずっと。 しばらくして、腕の中から優しい声が返ってくるまで、俺は彼女の髪に顔を埋めた。 「あたしも好き。」 そう、その言葉が、その一言が聞きたかったんだ。 ずっと。


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