創作小説

DOLL

B 「結婚式って、どんな風にするの?」 昨日の話の続きを、並んで座る隆二に再度尋ねた。 「何だ、昨日の話?」 「うん。よく知らなかったから少し調べたの。」 調べたと言っても、博士の雑誌をめくっただけだが。 「俺もよく知らないけど…。」 そう言って、隆二は少し考える風に首を傾げる。 「正装して、バージンロードで誓いの言葉を述べる…とかじゃないのか?」 「誓いの言葉?」 バージンロードと言う彼の言葉にはうんうん、と相槌を打ったが、誓いの言葉?そんなものは雑誌には載っていなかった気がする。 「神父に聞かれるんだよ。愛することを誓いますかーってさ。」 「あいする?」 「うん。」 「…?」 何故か少し照れたように教えてくれる彼を尻目に、あたしはその言葉の意味が理解出来ない。 博士はこの言葉の意味についてはプログラミングしてくれなかったのだろうか。 暫くそう考え込んでいると、隣で彼が首を傾げながら、もしかして、と口を開く。 「え、何。これも知らないとか?」 「うん。」 素直にそう答えると、彼は目を丸くして、こちらを見つめたまま黙りこんだ。 「…。」 「何?」 「はぁ。」 「何よー。」 いつもの倍程大袈裟につかれた彼のため息に、あたしは少しむっとして言い返した。 やはりこれも知らなければ可笑しいのだろうか。 隣で予想以上にへこむ彼を見て、この言葉の意味を教えてくれなかった博士をほんの少し恨んだ。 「あのな、愛してるは絶対好きだって思った時だけ言うんだ。」 彼は言い聞かせるように言う。心なしか赤い顔を背けている。 絶対、好き? あたしは暫くきょとんとし、すぐに彼にしては似つかわしくない甘い言葉に思わず吹き出した。 「………何それー!なんか嘘くさいよ。」 「馬鹿、笑うなよ。誓いってのはそう言うもんなんだっ。」 あたしが破顔したので、彼は益々恥ずかしそうに声をあげる。 あたしはまだ笑いを堪えながら 「ふーん。」 と彼に意地悪い視線を投げる。彼はそれをちらりと見て、またそっぽを向いた。 怒らせただろうかと心配になり、彼の背けられた顔を覗く。 「…。」 隆二、と声をかけるが、返事がない。 「どうかしたの?」 あたしがそう聞くと、間髪いれずに 「な、何も!」 と返ってくる。何もない人間にしてはひどく挙動不審だ。 先刻から幾度か向けているあたしの怪訝な視線も、かわそうと必死のようだ。やはりからかい過ぎただろうか。 「あ、あ。」 彼が突然繰り返した言葉に、何?、とまた顔を覗き込む。 「あ?」 まだ顔は背けられたままだ。 「あ…。」 あたしは今度は黙って彼の言葉を待った。 「あ…いしてる…。」 「え?」 愛してる。 あたしはぽっかりと口を開けたまま彼を見た。いつになく目や指先を忙しなくさ迷わせる様は彼らしくなかったが、 あたしが何も言わずに見返してくることに堪えられなくなったらしく、慌てて 「べ、別に誓いって訳じゃないけど、今言っても問題ない訳だし…。」 と付け足す。語尾は自信なさ気に消えていったが、あたしはそんな彼を見つめたまま考えた。 今言っても?それは、今じゃない『いつか』を約束してくれるってこと? そんなあたしの考えを悟ってか、隆二は薄らと赤らめた顔で寄せていた眉を下げ、ふわりと笑った。 この人を好きになれてよかった。 あたしも彼の笑顔につられて微笑む。 けれど、あたしも、と言おうとして、自然と口を噤んだ。 「じゃあ、あたしの愛してるは『その時』まで大事に取っとく。」 彼に向けた笑顔はそのままに、わざと悪戯な口調で言う。彼は一瞬きょとんと眼を丸め、 「おう!」 と笑ったが、すぐに 「…って、何で取っとくんだよ。」 と口を尖らせる。今言えよ、と言わんばかりの顔に、思わず苦笑した。 「その時が来たらね。」 そう言うと、彼は照れ臭そうな笑みのまま、 「あ、あぁ。」 と言った。彼には必ず来るはずの未来。彼がその言葉をもう一度言える日は必ず来る。 例え、その時隣に居るのがあたしじゃなかったとしても。 今だけ。 今だけは、あたしにも必ず『いつか』は来ると信じたい。 そう心の奥で何度も願いながら、目の前の彼の笑顔を追いかけるようにして、あたしも笑っていた。


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