創作小説
DOLL
A
次の日、あたしは少し早めに家を出た。何となく、博士と顔を突き合わせにくかったのだ。
どうやら彼も同じように思っていたらしく、あたしがいつもと違う時刻に支度を始めても、特に何も言わず、
いつもの出掛けの言葉をかけて送り出すだけだった。
いつもより長い待ちぼうけだったが、隆二がこちらに向かって歩いてくる姿が見えると、退屈な思いは吹き飛んでしまう。
我ながら現金だけれど。
「いつもそのセーターだな。」
目が合うと、隆二は始めにそう言う。季節は春から夏へ。
特に今日は暖かいせいか、心なしか彼の服装も薄い長袖のシャツ一枚と言ったところだ。
確かにあたしのモヘアのセーターは今日の気候に相応しくない。けれど、Dollは汗を掻かないのだ。
そんなことは、特に気にも止めていなかった。
「気に入ってるの。」
そう言ってスカートの端を摘んでみる。博士がいくつか替えの服を用意してくれていたので、その服を身に付けたこともあるが、
結局は似た様な服かこの服を気にいっているから、といくつか断ったこともあった。ふわっと揺れるそれが好きなのは確かだ。
けれど、やはりいつも同じ服と言うのは多少変なのかもしれない。
「隆二に会う時はこの服って決めてるの!」
そう慌てて付け足すと、隆二は吹き出すように笑った。
「変わってるな、と思っただけだよ。」
そう言って、微かに髪に触れた彼の手が気持ちいい。案外気にしていないようだったのでほっと安堵もした。
「お前みたいな奴ばっかりだったら楽しいんだけどな…。」
そう言いながら隣へ立つ彼を見上げる。彼は隣に立ったまま流れていく川を眺めている。
「どうして?隆二には友達もたくさん居るんでしょ?」
彼はあたしの知らない世界を知っている。あたしの知らない誰かにも、きっとあの笑顔を見せるんだろう。
「まあな。」
そう言う彼はそれ程浮いた顔もしていなかったけれど、あたしは周りに笑いかけて慕われる彼が容易に想像出来た。
「けど、気は使うんだ。苦手なんだよ。人の顔色伺ったりするのってさ。」
そう言って、彼は困ったように眉を下げる。あたしはふうん、と返事をしながら、そんなものか、と考える。
あたしは隆二と博士くらいしか誰かを深く知ることなどない。それ故、隆二が感じている気分を理解することは出来なかったが、
自分以外の誰かと話す隆二を想像するのは、あまりいい気分ではないことは分かる。
同時に、自分の心の狭さまで自覚してしまうのだが。
「だから、柚亜の前だと自然でいられていいよ。」
言いながら、彼はやっとその場に腰を降ろす。こちらを向いて笑いかける表情は、もういつもの隆二だった。
「あたしもだよ?」
自然と零れた笑みを彼に返す。すると彼はあたしの足元をちらりと見て、
「柚亜は自然すぎるんじゃないか?」
と、土に塗れたスカートの端を指差す。気に入ってるんだろ、と聞き返しながら。
「あ、ごめん…。」
またやってしまった。
土を払いながら苦笑するあたしに、彼はいつものため息をついた。
「お前のごめんはいい加減聞き飽きたよ。」
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