創作小説
DOLL
B
翌朝、目が覚め、服を着替えて朝食を済ますと、案の定、博士はあたしをソファに座るよう促し、
自分もあたしに向かいあうようにして座った。昨日よりも更に静かな朝だ。
「柚亜、外に出てみるかい。」
彼は真剣な顔であたしを見た。その圧迫感に耐えられず、すぐに頷いたのだが、そうすれば自ずとこちらも緊張する。
「いいかい。よく聞くんだ。私は君と一緒に外に出ることはしない。君一人で外の世界を見てくるんだ。大丈夫。
この場所に戻れるように、ちゃんと君にこの場所をインプットしておいた。事件に巻き込まれたりしないように、
大抵の事柄に対しての対処法も、だ。」
まさかとは思ったが、本当に初めからあたしの身1つで外の世界に放り出されるとは。
「一人で…?」
「私は外には出ない。」
あたしは不安を隠しきれずに少し俯いたが、彼は有無を言わさぬ表情を崩さなかった。それもそのはずである。
これは彼の仕事であり、あたしの任務だ。プログラミングされたことを実行できなければ、あたしの存在価値もなくなってしまう。
もちろん外の世界は知りたい。でも、怖い。そんな相反する気持ちがあたしの中を右往左往する。
けれど、いつまでもそうはしていられなかった。
「…行ってくる。」
あたしは埃の溜まった床を眺めながら、ポツリと呟いた。
やるしかない。それがあたしの存在理由なら。
思い切って腰を上げると、彼は待った、と言って白衣のポケットから金色の小さなプレートのついた金細工を取り出した。
彼が昨日造っていたもののようだ。
「何?」
あたしが聞くと、彼はあたしの首元にそれを回しながら、
「君の名とここの住所が彫ってある。たとえ君にプログラム異常が起こったとしても、誰かがきっとここへ連れてきてくれるさ。」
そう言って、首の後ろでパチリと留め金が鳴った。
プログラム異常。
その言葉に、あたしは血の気の引く思いがした。あたしは付けられたプレートを固く手の内に握って、服の内側に落とした。
プログラム異常。
恐らく、あたしがこのプレートなしにここに帰り着くことが出来なくなったその時は、あたしの任務の強制終了を意味する。
「気をつけて。」
博士は至極穏やかな声でそう言った。あたしは博士の声を背に、研究室のドアノブに手をかける。吐く息が震えていた。
「行ってきます。」
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