創作小説
蒼の晩 ―斬獲人と愛妾―
エリガルの店で、男娼を一人斬って欲しいと頼まれた。報酬は今までの十、いやそれ以上を倍にして出すと言われた。
食って寝るだけの俺には、働かずとも当分暮らしていけそうな額だ。分からなくもないが、余程アランは重宝されていたようだ。
「今、帰った。」
部屋に入ると、シャワー室を出たばかりのアランが腰に布きれ一枚でベッドに腰かけていた。
「あ…おかえり。」
口に運びかけていた水を手の内に留めて、アランは少し気まずそうにはにかむ。
「ああ。」
白い肌が煽るのは、グラスを握る手で触れられる腰下に疼く熱の塊だ。
ふいとアランから目を逸らして刀を外す。アランが所在なさ気に一度立ちあがって、またそのまま腰かける。
「ロイ、昨日は…ごめん。」
「いや。」
「最初に俺から言ったんだよね、女みたいな面倒なことにはならないからって。」
「あぁ。」
「だ、だから俺さ、男娼だし…。その、前みたいになら…。」
きしりとベッドのスプリングが背後で鳴る。上気した肌が近づいてくるのがわかった。
「ロイ…。」
アランの手が俺のシャツの中へと滑りこむ。ごつごつとした男の手にしては細く華奢な指が俺の腹を撫でるように這う。
熱が身体の中で増長する。
「触るな!」
パシンという軽い音と共に俺はアランの手を払い除けた。
「ロ…。」
「変な気を起すな。もうお前は必要ねぇ。」
「何で…そんな。」
急に、と言いたげな口がぽかりと開けられたまま、切なげな目で俺を見る。
行き場をなくして宙に浮いたまま止まっているアランの白い手に、俺は奥歯を噛みしめる。
「元々、お前の言葉に乗せられたのは俺の方だ。どちらにしてもお前にメリットはなかったんだ。もういいだろう。」
そう突き放して顔を背ける。
「俺は…!」
思わず叫んだアランの言葉の続きを遮って、俺は静かに告げた。
「俺はお前に生産性のない感情は抱いていない。」
「…っ…。」
それは、男だからいらない、お前だからいらないと言う罵倒。傷つける為に、わざと言った。
アランの身体が怯えるように離れていく。
「新しい男でも見つけて、養ってもらえ。」
それは、冷え切った部屋の中に静かに響いた。
「お前は男娼だろう。」
気付かないふりをした。そう言った時のアランの顔と、押し殺した自分の想いに。
その夜、アランはふらりと部屋を出ていき、翌朝、俺が仕事に出かける時も、部屋には戻って来なかった。
アランのコートがなくなっていた。
「礼は弾んでやる。頼んだぞ。」
その日、俺はランネルの屋敷で一枚の写真を受け取った。どこで撮られたのか分からない、よく知った男の顔だった。
「ああ。」
俺は必要のないその写真を上着の内ポケットに仕舞い、屋敷を出た。写真など必要ない。むしろ、この写真の顔よりも、
ずっと多くの表情を知っているくらいだ。けれど、今はその表情を思い出すのは止めておく。
俺は敷地の門をくぐってすぐに刀を抜いた。昨日は帰って来なかった。けれど必ず、少なくとももう一度、奴があの部屋に戻って
来るという確信があった。いつものように、刀は血を吸いたいと唸る。刀を携え、街を抜ける。
アランを殺す為に。
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