創作小説

蒼の晩 ―斬獲人と愛妾―

  「起きたか。」 俺は一晩中、アランを腕に抱いていた。ずっしりと心地の良い重みを腕に感じながら、薄っすらと朝日を浴びて目を開けたアラン を見下ろす。目が合うと、アランはまだ覚醒しきっていないぼんやりとした表情で俺を見上げた。 「ん…。おはよう。」 「ああ。」 くるりと俺の方に体を向け、少し傍に寄り添ったアランを見て、俺はシーツを肩まで掛け直してやる。 いざ、こうして抱き合った後に目を合わせると、昨日の情夜がいつもとは違って穏やかに思い出される。つい無理をさせた。 それがほんの少し後ろめたい。 「身体、大丈夫か。」 そう言ってから、男娼に言う台詞ではなかったか、と思いはしたが、俺の言葉を聞いたアランは、ばっと赤らんだ顔でこちらを 見返してくる。 「ん…。」 そう聞こえるかどうかの声で呟いて、シーツを鼻の上まで引き上げる。 「何だ、お前。女みてぇだな。」 そう言ってにやりと笑うと、怒ったアランにシーツの中で軽く足を小突かれた。 「ロイ!」 冗談だ、と笑うと、暫くしてアランが微かに頬を緩ませる。俺も吊られる様にして笑っていた。 「ロイ。」 見下ろすと、アランが真っ直ぐにこちらを見つめている。 「どうした。」 「ありがとう。」 「…あぁ。」 何故か少し照れ臭くなって、俺はアランの真っ直ぐな瞳から目を逸らす。それに気付いたアランが小さく声を漏らして笑い、 「冷たくなったり、暖かくなったり。」 と言いながら身を捩る。 「俺か?」 「うん。」 「悪かった。」 アランの肩に回した腕に力を込めると、猫のように赤毛の髪が胸にすり寄って来た。 「ううん、いいんだ。でも…。」 そこまで言って、口を噤み、躊躇いながら 「何で?」 と小さく言った。俺はアランを腕に抱いたまま、暫く視線を交わし合っていたが、一つため息を吐いた後に、思いきって口にした。 「…お前を抱くと、夢を見るんだ。」 「夢?」 俺は天井を見上げたまま言った。 「昔の夢だ。」 アランから返事はなかったが、俺は構わず続ける。 それは、誰にも語ったことのない、記憶の底の女の話だ。


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