創作小説
蒼の晩 ―斬獲人と愛妾―
話終えて隣を見ると、アランは俯いたまま黙っていた。俺はそんなアランの肩をぽんと叩く。
「少し、喋りすぎたか。」
話の内容自体は決して明るいものだとは言えない。むしろ誰にも言うまいと思っていた過去だ。
「ううん。」
アランは小さく首を振るが、未だ俯いたままだった。
俺達は何を言うでもなく、長い間並んで座ったままでいた。
気まずい沈黙ではなかったが、長すぎるそれを打ち切ったのはアランの方だった。
「ねぇ。」
「ん?」
「探しに行かないの?」
思いもしなかった言葉だ。アランが顔を上げて、俺の目を覗き込む。俺は彼の言葉に困惑したまま答えた。
「捜すって…何処を。」
「何処かだよ。」
何処か、とアランが繰り返す。
「…。」
俺は何も答えられない。思わずアランから視線を外し、ぽっかりと部屋の照明下の何もない空間を眺めた。
「俺、あると思うよ。」
「え?」
ふいに聞こえたその言葉は穏やかなのに、酷く力強く耳に届いた。俺はもう一度アランに視線を移す。
「その場所、絶対。」
アランが俺を見上げて言う。どこかで見たことのある眼差しだと思った。根拠のない言葉は、あっさりと胸の奥に滑り込む。
俺は暫く、恥ずかし気もなくアランの瞳の奥を見つめていた。
何だよ、と言いながら決して揺るがないそれに、俺は一つ長い息を吐く。
「行ってみるか…。」
それはまるで思い付きのような言い方だったが、その一言の重さは理解しているつもりだった。
「俺も行くよ。」
アランが言う。
「宛てがないんだぜ?」
まして、確証もない。俺は驚いてアランを見た。
「だからだよ。」
アランは笑っている。
「ロイが帰ってくるっていう確かな保証がないから。だから―――――」
待っていられない。
その言葉に一瞬目を見張ったが、真摯な表情に俺はそっと目を伏せた。
「…お前も馬鹿だな。」
「お互い様。」
「はっ…。」
生意気な言葉に、思わず吹き出すように笑うと、アランも同じように笑みを零した。
「アラン。」
たとえアランが俺に何度『愛してる』と囁こうと、今はこの感情が愛だとか恋情だとかだとは思わない。
「来い。」
けれど、一瞬微笑んで、ゆっくりと近づいてくる男を見て思った。
二度と手放すことなどない、と。
伸ばした俺の腕にアランの指が絡み、重なりあったまま夜の闇に紛れていった。
次の日、まだ朝日の昇る前の薄い霧に街が包まれる頃、俺達は小屋を出た。ないに等しい少しの荷物と、刀を持って。
ガランと空いた小屋の中には、いつもよりも静かな空気が満ちている。
もう二度と帰ることはないだろう共に眠ったベッドの上には、空の酒瓶とアランのコートだけが残っていた。
第一章 END
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